アナリストの忙中閑話【第4回】

アナリストの忙中閑話

(2011年7月1日)

【第4回】ギリシャ危機とコレリ大尉のマンドリン

金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙

6月の最終週は、ギリシャの債務問題が、大きな山場を迎えた。

6月27日から、ギリシャ議会で審議がスタートした中期財政計画と関連法案の採決は、29日に関連法案全体が、30日に個別条項の採決が行われ、何れも与党の賛成多数で可決された。

同法案の可決により、EUやIMFによる、総額1,100億ユーロ規模の対ギリシャ第1次支援の5回目分120億ユーロの資金拠出が7月3日のユーロ圏財務相会合で決定されることとなり、ギリシャは、国債の償還資金を確保、懸念された債務不履行(デフォルト)は、当面、回避されることとなった。

また、やはり総額で1,100(〜)1,200億ユーロ規模と見込まれる第2次支援策の策定も、今後、進捗するものと見込まれる。

一方、フランスのサルコジ大統領は、27日の会見で、ギリシャ向けの第2次支援における民間部門の支援方法について、保有するギリシャ国債を償還期間30年の超長期債に自発的に借換(ロール・オーバー)、ギリシャの経済成長率に連動した利回りを適用する案を明らかにした。

報道によると、民間投資家は、ギリシャ国債の償還時に、70%分再投資し、うち50%分を30年債に20%分を優良銘柄に投資対象を絞ったファンドで運用する。30年債の利率は5.5%とし、2.5%の範囲内で経済成長率にリンクした上乗せ金利を適用するというものだ。

フランスの金融機関は、概ね同案に賛同、ドイツ政府及びドイツの金融機関も賛意を示していると伝えられており、7月3日のユーロ圏財務相会合で議論される対ギリシャ2次支援策では民間投資家の負担については、フランス案を軸に検討されることになりそうだ。

今後は、民間支援の自発的な借換(ロール・オーバー)が、格付け会社から、デフォルトと見なされるかどうか、その場合でも、ECBが引き続き、ギリシャ国債を適格担保として維持するかどうかが焦点となるが、ギリシャ問題は、2013年の欧州安定メカニズム(ESM)の本格稼働まで、暫しの猶予期間を得る可能性が高まったと考えられる。

筆者は、ギリシャ債務問題を巡る欧州の混乱を見て、「コレリ大尉のマンドリン」という映画を思い出した。

同映画は、監督、ジョン・マッデン、原作はルイ・ド・ベルニエールの英国の大ベストセラー小説、出演は、ニコラス・ケイジとペネロペ・クルス他。国内でも今から10年前の2001年に封切られたハリウッド映画である。

舞台は、1940年代前半、第2次世界大戦下のギリシャ。イタリアに面したイオ二ア海に浮かぶ風光明媚なケファロニア島で物語はスタートする。この映画は、第二次大戦中に同島で起きた実話、1943年のイタリア降伏とともに同盟国ドイツ軍がギリシャ統治のイタリア兵約9千人を銃殺したとされる事件をもとにしている。

映画では、この話を題材に、島で唯一の医者の娘ペラギア(ペネロペ・クルス)とイタリア将校コレリ大尉(ニコラス・ケイジ)とのラブ・ストーリーが展開される。

第2次世界大戦で、ギリシアは、ドイツ・イタリアに降伏。ケファロニア島にもイタリア軍が進駐してくる。但し、奇妙なことに、イタリア兵の司令官アントニオ・コレリ大尉は、背中にマンドリンを背負っていた。戦時下でも音楽を愛する陽気なコレリと彼の部下たちに、初めは敵意を見せていた島の人々も心を許していく。ペラギアもまた、コレリに恋することとなる。だが時代は二人の恋を引き裂き、凄惨なドイツ軍との戦いの末、コレリはドイツ軍によって処刑場へと連行される。そこで奇跡的に命をとりとめたコレリは、島から脱出。そして、戦後の1947年、ある日、大地震がケファロニア島を襲う。ペラギアは父の跡を次いで医者となっていたが、建物は全壊してしまう。そこへ、コレリが戻ってくるというストーリーだ。

筆者は、ユーロ統合前に、一度、ギリシャを訪問したことがある。

そのときの印象は、日本人がイメージする古代ギリシャの都市国家、アテネ、スパルタやアレクサンダー大王の時代等かつての強大で先進的なギリシャは、完全に歴史書の中の遺物になっているというものであった。

有名なパルテノン神殿も、廃墟と化していた。当初は、紀元前5世紀の建造物であることから、さすがに2,500年も経つと石造りでも朽ち果てるのかと思っていたが、実際は、15世紀、オスマン・トルコ支配下で弾薬庫に転用され、ベネチア軍の砲撃で大破したというのだ。他国の戦争で破壊され、何故修復しないのかと強く疑問に思った経験がある。

また、ランチを食べにレストランに行くと、ピスタチオやシーフードは日本人の口にあって旨いのだが、気候が乾燥しているせいで喉が渇く。そこで、ミネラルウオーターを頼むと異常に高い。周りを見渡すと、デキャンターでやや濃い目の水を飲んでいる。値段はそちらの方が安いので注文すると、実際は、白ワインだった。昼間から、大量にワインを飲んでいて、経済は大丈夫かとも思ったものである。なお、ワインはギリシャが発祥地で、ローマ時代に、イタリア、フランス、ドイツ、スペイン等に広がったとのことである。

また、民主主義の発祥地であるギリシャで、民主的な選挙が実施されたのは、わずか35年前に過ぎない。ギリシャの歴史はその輝かしい古代史に反して、ローマやオスマン・トルコなどの他民族による支配と抑圧、欧米列強の干渉に彩られている。その後も内戦等で国家の分断が続き、経済の発展が大きく遅れ、近代国家の仲間入りしたのは、実は、つい最近のことである。

ギリシャは、2001年には、通貨をユーロに統合したが、成長戦略等への関心は薄かったに違いない。ユーロ導入で、資金調達コストは、大幅に下がり、アテネオリンピックの施設更新等大規模な財政出動も可能となったと想定される。一方で、通貨統合により、主力産業である観光や海運、農林水産業の国際競争力は落ち、経常収支の赤字構造が定着してしまった。

財政赤字の対GDP比率も、ギリシャは、ユーロ統合後の2001年以降、2010年まで、一度もEU基準である3%を下回ったことがないことが、明らかとなっている。

但し、経済規模的には、ギリシャのGDPは、ユーロ圏諸国の2%台しかなく、本来、ユーロ圏で支えることは十分可能な規模である。

また、ギリシャ国債残高の4分の3まで仏独等の海外投資家が買い進む等、投資する方にも責任があるとも言え、今回の混乱は、ユーロ圏諸国が責任を持って、対処する必要があり、実際に対処されつつあるが、ギリシャ経済・財政の再建には、相当な年月とコストがかかるものと予想される。

「コレリ大尉のマンドリン」に出てくる、ギリシャ人は、農民や老人が中心で、レジスタンスはほとんど武器を持っていなかった。

そこで、コレリ大尉らが、武器をギリシャ人に与え、一緒にドイツ軍と戦うのだが、片や、ライフルに旧式の野戦砲、一方は、戦闘爆撃機に、戦車、機関銃と、全く相手にならず、すぐさま、イタリア軍は、ドイツ軍に対し降伏に追い込まれることとなる。

勿論、同映画は、原作は英国在住者、映画は米国製のため、連合国サイドからの視点で作られている。但し、当時の戦力差は、その通りだったのだろう。

ギリシャの債務問題が昨年来、ここまで、揉めているのは、ギリシャの経済・財政事情の悪さに加え、ドイツの強硬姿勢が背景にあった。

勤勉なドイツ人にすれば、なぜ、彼らの税金をギリシャ救済に使う必要があるのか疑問なのだろう。

実際、ドイツの世論調査会社、アレンスバッハが、今年、行った調査によると、ドイツ人のほぼ4分の3が、単一通貨ユーロを信頼していないとの結果が出たようだ。また、ほぼ3分の2が、ユーロ圏の債務危機国に対する支援制度では、ユーロ圏が安定化できるかどうかは疑わしいと答えたとのことである。

但し、ユーロ統合の歴史は、実は、経済的な目的ではなく、安全保障面の要請から発生していることを忘れてはいけないだろう。

今から、ちょうど60年前の1951年、パリ条約に基づき、フランス、西ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、オランダの6か国により、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が設立されている。

その基本的な理念は、フランス外相ロベール・シューマンの1950年5月9日の演説(いわゆるシューマン宣言)に基づいている。過去、幾度の戦争の原因ともなり、今後の欧州の復興にも不可欠な軍需物資でもある「石炭」と「鉄鋼」を欧州石炭鉄鋼共同体を通じて共同で開発・運営することにより、長年にわたるフランスとドイツの対立を封じ、欧州に不戦共同体を構築する意図で設立されたのである。

欧州石炭鉄鋼共同体は、後の欧州連合(EU)の一部となるが、この設立当初の理念を記念して、EUの議会は、現在でも、欧州統合の象徴として、フランスのアルザス・ロレーヌ地方の中心都市、ストラスブールに置かれている。

ここは、コレリ大尉のように、戦時下、経済危機下においても、マンドリンを弾く余裕がドイツやフランスのような大国には必要ではないか。

リーマン・ショックの反省を踏まえつつ、ここは、エーゲ文明から数えれば4,000年の歴史を誇るギリシャ人、欧州人の叡知に期待して、早期の危機対応を望みたいものである。

特に、フランスのサルコジ大統領は、今年、G8、G20の議長でもある。

「シューマン宣言」が無にならないよう、欧州の安定のため、特段のリーダーシップの発揮を望みたい。

末澤 豪謙 プロフィール

末澤 豪謙

1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。同投資戦略室長、大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。

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