アナリストの忙中閑話【第6回】

アナリストの忙中閑話

(2011年8月5日)

【第6回】米国に「負け犬」ブームが到来?−テレビ・ドラマ「glee」とレディー・ガガとの共通点

元SMBC日興証券 金融市場調査部 シニアマーケットエコノミスト 嶋津 洋樹

筆者が最近、ハマっているものの1つに「glee」がある。もちろん、携帯ゲームではない。ウィリアム・マッキンリー高校のグリー(合唱)クラブ「ニュー・ディレクションズ」の顧問ウィル・シュースターとそこに所属するメンバーの青春を描いたテレビ・ドラマである。

カラオケ好きの筆者にとっては、毎回、様々な年代のヒット曲を軸に物語が展開するところが魅力。歌手本人がゲスト出演することもある。最近は日本でも、NHK BSプレミアム(シーズン1)やスカパー(シーズン2)で視聴でき、筆者の周りでもファンが増えている。ただし、米国では出演者がホワイトハウスに招待されるほどの人気。オバマ米大統領は家族でご覧になっているそうである。

このドラマの凄いところは、「すべての負け犬に贈る痛快コメディー!」(FOX INTERNATIONAL CHANNELSのウエブサイト)というキャッチ・コピー。実際、憧れといえばスーパーマン(スーパーウーマン)、青春といえばアメフト部とチアリーディング部と相場が決まっている米国で、グリークラブがメインというのは異色だろう。

もちろん、主役のフィンはアメフト部のエースから転身(いったん辞めるが、その後、復帰し、兼部)。ただし、その恋人のクインは当初、グリークラブを見下すチアリーディング部のコーチ(スー)の刺客であり、車椅子で軽快なステップを踏むアーティはアメフト部に憧れている。

つまり、「すべての負け犬に贈る」というのは、アメフトとチアリーディングが「勝ち」で、グリークラブは「負け」という米国の「伝統的」な価値観に基づいているとも考えられる。それでも、最近の米国人がこうしたドラマの主人公らを「cool(イケてる)」とみているというのは、その価値観が変化していることを示唆しているのかもしれない。

米国におけるレディー・ガガの人気も、「負け犬」に対する米国人の価値観の変化を裏付ける。彼女が6月に訪日した際、ライブやテレビ出演(7月に入ってから放送されたものも複数あった)でイタリア系米国人としての苦労や学校での苛められた経験を赤裸々に語っていたのは記憶に新しい。

日本でレディー・ガガの人気が高いのは、そうした正直さがウケているとも分析できる。ただし、彼女が尊敬するマドンナはどちらかというと秘密主義。それが米国でのマドンナの人気を支えているとも考えられる。もし、マドンナが幼少時代の苛めや家庭の苦労などを告白したとして、どれだけ新たなファンを獲得することが出来るだろうか。むしろ、彼女から離れていくファンの方が多い可能性が高いだろう。

前半で紹介した「glee シーズン2」では先月、レディー・ガガの「ボーン・ディス・ウェイ」とのコラボレーションが実現。90分の拡大版で放送されたが、そこで扱われたのは、宗教や同性愛、精神疾患なども絡んだそれぞれのメンバーの抱えるコンプレックスだった。最終的には、そうしたコンプレックスを抱えていても「ボーン・ディス・ウェイ」と正直に生きていこうということなのだが、それは「ナンバーワン」から「オンリーワン」への価値観の変化ともいえるだろう。

旧ソ連の崩壊後、米国は軍事的、経済的、政治的にナンバーワンの立場を確固たるものにした。しかし、住宅バブル崩壊とリーマン・ショックを経て、そうした立場には陰りもみえる。米国が最上位の格付けを失うリスクに晒されるなか、一部の新興国で格付けが引き上げられるというのは、象徴的な出来事だ。米国人が「負け犬」にある種の共感を覚えるのも、自然なことだろう。米国を筆頭とする先進国が世界で中心的役割を担うという時代は終焉しつつある。

嶋津 洋樹 プロフィール

1998年明治大学法学部法律学科卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。
2000年より、三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)、2003年からはUFJつばさ証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)へ出向。エコノミスト、ストラテジストとして、国内経済、欧州経済、円債市場分析などを担当。その後2005年より、みずほ証券でマーケットエコノミストとして欧米を中心とした海外経済および海外債券市場の分析に携わり、「Global Market Outlook」(DailyおよびWeekly)の発行を開始。2008年にBNPパリバアセットマネジメント(現BNPパリバインベストメント・パートナーズ)運用部を経て、2010年〜2016年まで金融市場調査部 シニアマーケットエコノミスト。
現在は海外経済(主に欧米)を担当し、「Global Market Eye」、「債券週報」を執筆中。資金循環や証券投資など資金フローを踏まえた分析なども提供している。

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