アナリストの忙中閑話【第33回】

アナリストの忙中閑話

(2014年3月20日)

【第33回】地政学的リスクの拡散同様、ハリウッドもグローバル化の大波には逆らえない?

金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙

ソチ冬季オリンピックで日本勢は海外開催で過去最高の成績

2月号でも取りあげたソチオリンピックでは、日本は金1個、銀4個、銅3個を獲得。日本開催の長野オリンピックを除くと、冬季オリンピックでは過去最高の成績となった。特に金メダルを獲得したフィギュアスケート男子シングルの羽生結弦選手や銀メダルを獲得したスノーボード男子ハーフパイプの平野歩夢選手など若手の活躍が目立ち、2018年の平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックへ期待が繋がる結果となった。

また、オジサンの星、「レジェンド」こと葛西紀明選手のジャンプ男子ラージヒルの個人(銀)及び同団体(銅)における活躍も記憶に残ることとなりそうだ。

オリンピックの平和・友好ムードが吹き飛んだウクライナ情勢

但し、ソチ冬季オリンピック及びパラリンピックの平和・友好ムードも、ウクライナ情勢の緊迫化で一挙に吹き飛ばされることとなった。

話は2013年11月に遡るが、当時のウクライナのヤヌコビッチ大統領がEUとの連合協定締結作業を突然停止。ウクライナ西部に多く在住する親欧州派による反政府デモが活発化することとなった。

2014年2月になると、デモで多数の死傷者が出たことで、政権への反発が強まり、議会が大統領を解任。親ロシア派のヤヌコビッチ政権が崩壊、親欧州派が暫定政権を樹立した。

但し、その間隙を突いて、ロシアが黒海艦隊の主力基地を置く、クリミア半島のクリミア自治共和国に、軍を進出させ(ロシアはロシア系住民による自衛軍と主張)、事実上、支配下に置くこととなった。

ロシア系住民が多数を占める同共和国は、3月16日の住民投票の結果を受けて、独立を宣言、ロシアへの編入を求めた。

ロシアのプーチン大統領は3月17日、同共和国の独立を承認するとともに、18日には、ロシアへの編入手続きを進めることを発表した。

このようなクリミアやロシアの動きを、EUや米国等G7諸国は非難し、ロシア政府関係者らの渡航制限や資産凍結を決定。今後も、経済制裁を強める構えだ。

現時点で、大きな武力衝突は起きていないものの、クリミアのウクライナ軍基地周辺では、既に死傷者も出ており、仮に、ウクライナ東部の治安情勢等が悪化した場合、ロシア軍がロシア系住民の保護を名目に国境を超える可能性も指摘されている。

こうした状況を受けて、2月以降、金融市場では、株が売られ、円が買われ、安全資産とされる米英独等の国債が買われている。

米連銀保管の外国中銀保有米国債が過去最大の減少

但し、ウクライナ情勢は、いわゆる有事における「質への逃避」という問題以外に、米国債市場に大きな影響を与える可能性があるかもしれない。

米FRB(連邦準備理事会)が3月13日に公表した週間の金融統計によると、連銀が保管業務を行っている外国中銀等の米国債保有高が過去最大の減少を記録したことが明らかとなった。

3月12日時点の外国中銀等が保有する米国債の残高(米連邦準備銀行保管分)は2兆8,553億97万ドルと前週比1,045億35万ドル減少した。減少幅はそれまでの過去最大の3倍以上だった。

季節要因等過去の増減幅を大きく上回ることから、減少の背景は、ロシア中銀が米国等による経済制裁に備え、米国債の保有口座を米連銀からベルギーやロンドン、ルクセンブルグ等のカストディアン(常任代理人)にシフトした可能性がある。

映画を地で行くような展開に、現実のジャック・ライアンは?

ロシアが実際に、カストディの変更等を行ったかどうかは、米財務省が5月に発表する3月の国際資本統計を確認する必要があるが、仮に筆者推測が正しいなら、何やら、映画のストーリーが現実化するような話だ。

現在、日本公開中の米映画「エージェント・ライアン」(監督:ケネス・ブラナー、原作:トム・クランシー)は、米国市場を舞台とした金融テロを未然に防ぐCIAエージェントの話だ。

映画では主人公ジャック・ライアンの活躍により、どうにか世界経済の破たんが免れる。

現実世界でも、ロシアのプーチン大統領が振り上げたこぶしを、ウクライナや国際金融市場に大きな影響をもたらさない場所に降ろさせるエージェントの登場を期待したいものである。

場合によっては、既に、首相就任後5回も直接会談を持ち、つい最近もソチの冬季オリンピック開会式に出席、豪華なランチをともにした安倍首相が適任かもしれない。

ウクライナは東スラブ人にとってルーツの一つ

ウクライナは、我が国においては、ややなじみが薄いかもしれないが、首都キエフは東ヨーロッパ最古の都市の一つである。また、8世紀から11世紀において当地を中心に存立していたキエフ大公国(キエフ・ルーシ)の正式名「ルーシ」が、後の「ロシア」の語源とされる。キリスト教の聖地でもある。

ロシアの主要民族でもある東スラブ人は、ウクライナとベラルーシに多く居住しており、ウクライナ語とロシア語は、キリル文字を使うなど言語も近い。

但し、過去の外国の支配や国家樹立等の経緯から、ロシア人とウクライナ人には軋轢があるとされ、ウクライナの自立を重視し、ウクライナ語を話す西部と日常的にロシア語を話す住民も多い東部・南部では、過去の大統領選の結果等を見ても、対ロシア感情等に違いが見られる。

クリミア半島がウクライナ情勢の「台風の目」となった経緯

特に、クリミア半島は、ロシア帝政時代にオスマン帝国からロシアに支配が移行、旧ソ連においても、ロシア共和国内にあったが、1954年に対独戦勝記念10周年を契機に、ウクライナと関係の深い当時のソ連の最高指導者フルシチョフ共産党第一書記(首相)が、ロシア共和国からウクライナ共和国に編入したという経緯がある。

前述のように、クリミア半島のセバストポリにはロシア黒海艦隊の主力基地もあり、ロシアの安全保障上の重要拠点となっているが、ウクライナ全土を見渡しても、ロシアの安全保障にとって、地政学的に同国は重要な意味を持つ。

現在、ロシアがNATO加盟国と国境を接しているのは、北から、ノルウェー、エストニア、ラトビアの3か国のみだ。

このうち、ノルウェーとの国境は北極海に面したスカンジナビア半島の最果てである。近くにロシア北海艦隊の基地はあるものの、軍事上は制約が大きい地区だ。バルト三国のエストニア、ラトビアも小国である。一方、ウクライナは国境線も長く、黒海に面し、原油や天然ガス産地のカスピ海沿岸部にも近い。

仮にウクライナと同様な問題を抱えるグルジアの2国がNATOに加盟すれば、NATO加盟国とロシアの中間、緩衝帯となるのは、フィンランドとベラルーシのみとなる。

オリンピック開催年は地政学的リスクが高まりやすい?

実は、北京オリンピックが開催された2008年8月には、オリンピックの開会とほぼ同じタイミングで、旧ソ連圏諸国のグルジアで南オセチア紛争が発生した。当時も今回同様、ロシアがロシア系住人の保護目的で軍を派遣、南オセチアとアブハジアの独立を承認している。

1980年開催のモスクワオリンピックは、旧ソ連のアフガニスタン侵攻(1979年12月)により、多くの国がボイコットする事態ともなった。

こうして考えると、平和の祭典であるオリンピックの開催年は、逆に、地政学的リスクに警戒した方が良いのかもしれない。

「地政学的リスク」が一般に使われ始めたのはイラク戦争前後

ところで、最近はマスコミ等でもよく使われる「地政学的リスク」という言葉だが、筆者の記憶では、国際的にも金融市場等で使われ始めたのは、そんなに昔のことではない。

かつては、「戦争リスク」とか「軍事的リスク」という言葉が使われていたが、2001年のアメリカ同時多発テロとその後のアフガン紛争、2003年3月のイラク戦争に至る過程で、使用され始めたのが一般化した最初と思われる。

当時のブッシュ政権は、イラク攻撃に積極的だったが、FRB等は直接的に「イラク戦争リスク」とは表現できないため、「地政学的リスク」という言葉を使ったと想定される。当時のグリーンスパンFRB議長が講演等で多用したことや、イラク戦争直前に開催された2003年2月のG7財務大臣・中央銀行総裁会議の共同声明でも「地政学的な不確実性(geopolitical uncertainties)が高まっている」と表現されたことで、金融市場全般で一般化したと考えられる。

「地政学」とは?

但し、我が国では、「地政学」という言葉自体、馴染みが薄かったのではないか。

地政学(Geopolitics)とは、地理(Geography)と政治学(Politics)を合わせた考え方で、地理的な位置関係が国際政治や経済等に与える影響を研究する学問と言える。

こうした考え方自体は、ギリシャ・ローマ時代以降、海外では古くから存在するのだが、学問として成立したのが18世紀以降のいわゆる「帝国主義」、「植民地主義」の時代であり、我が国でも戦前の軍国主義の時代に唱えられたことから、戦後はタブー視され、「地政学」という言葉自体が封印されていたと考えられる。

但し、我が国で過去使われてこなかった要因には「地政学」という考え方自体が、日本人的には「ピン」とこないことも影響しているのではないか。

背景には、大陸と島国の違いがあろう。

前述のように、ウクライナ情勢の緊迫化は、その地理的位置の要因が大きいし、ウクライナを含め、多くの中東欧の諸国は、過去、その立地関係から、外国の侵略を受け、国土を分断されてきた経緯がある。

親欧州か親ロシアかといったウクライナの西部と東部の対立も、ウクライナ人が望んだものではなく、西部は過去、ポーランドやオーストリア・ハンガリー帝国の支配を受けたことから、文化的にも西側への志向が強いのに対し、東部はロシア帝国の支配を受け、言語的にもロシア語が使用されてきたことが背景にある。

筆者は、過去、ロシアに加え、オーストリアやハンガリー、チェコ、スロバキアといった国々を訪問したことがあるが、チェコやスロバキアは、ウクライナ同様、千年の軛(くびき)と呼ばれる外国勢力の支配を受け続けた過去があり、人々の独立への思い入れも極めて強かった印象が残っている。

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大陸諸国の都市は城塞都市が多い

やはり、背景には、外国と地続きな大陸諸国という要因が大きい。旧ソ連時代には、最高指導者スターリンがクリミア半島からタタール人を中央アジアに強制移住させた過去を持つロシア自体も、13世紀ごろは、「タタールの軛」と言われるモンゴルの支配を受けている。

常に、異民族の侵攻の可能性があった大陸諸国では、都市の多くが高い城壁に囲まれた城塞都市となっている。

城壁の最大のものが、中国北部に今も残る「The Great Wall」、「万里の長城」だ。最近の研究では、その長さは21,196キロ、現存物でも約6,260キロに達するとされ、間違いなく人類最大の建造物だ。筆者も北京北方の長城を訪問したことがあるが、地平線の彼方まで続くスケールの大きさと、勾配の急さに驚きを隠せなかった。

北京自体も代表的な城塞都市であり、紫禁城があり、かつては官僚が暮らす内城と庶民が暮らす外城に分かれていた。現在も内城である「北京城」の一部が残っているが、大半は地下鉄等に転用されている。

欧州でも城塞都市は多い。

最近では、2013年末のNHK紅白歌合戦で主題歌が演奏されたアニメ「進撃の巨人」の舞台のモデルかも(?)とTBS系「世界、不思議発見」で紹介されたドイツのネルトリンゲンが有名だが、欧州の主要都市の多くは城塞都市だ。

フランスのパリもかつては、全域80平方キロメートルが「ティエール城壁」によって囲まれていたが、現在は、「ペリフェリック」と呼ばれる無料の環状高速道路に変貌している。

大陸と島国の違いもグローバル化等の影響で変化へ

かつての城壁が道路等に転用されているのは、我が国でも同様であり、東京にも旧江戸城の「内堀通り」、「外堀通り」が存在する。但し、大陸と違うのは、我が国の場合、城内に居住するのは、殿様とその家臣団であり、一般庶民の住まいは城外である。中国の場合、日本の「町」に相当する「県」が、かつては城壁に守られており、農民なども夜は城内に戻っていたのとは大きな違いがある。状況は欧州でも同様だ。

背景は、日本は島国であり、異民族や外国の軍隊から地上攻撃を受けたのは、2度の「元寇」と第2次世界大戦時の沖縄戦等に限られていることが挙げられる。

つまり、「地政学」ということを意識する必要が、過去、ほとんどなかったのだ。

但し、最近は、領土問題も世界的に、陸上のみならず、島々に移行している。背景には、水産資源に加え、海底のエネルギー資源に注目が集まっていることと、グローバル化に伴い軍事・経済の両面で、シーレーン等の防衛が重要となったことが大きい。特に日本の場合、近隣の新興国の台頭の影響も大きい。

「地政学的リスク」という言葉が、我が国で使われる機会は今後益々増える可能性が高そうだ。

第86回アカデミー賞発表、作品賞は「それでも夜は明ける」、「ゼロ・グラビティ」が7冠

アメリカ映画界最大の祭典である第86回アカデミー賞の発表・授賞式が3月2日(日本時間3月3日)、ハリウッドで開催された。

作品賞は、筆者予想通り、「それでも夜は明ける、原題『12 Years a Slave』」(日本公開中)となった。「それでも夜は明ける」は助演女優賞と脚色賞も受賞。

監督賞は、「ゼロ・グラビティ」(日本公開中)のアルフォンソ・キュアロン氏が受賞した。「ゼロ・グラビティ」は視覚効果賞、撮影賞、音響編集賞、録音賞、編集賞、作曲賞含め7冠となった。

主演男優賞は「ダラス・バイヤーズクラブ」のマシュー・マコノヒー氏が受賞、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のレオナルド・ディカプリオ氏は受賞を逃した。主演女優賞は「ブルージャスミン」のケイト・ブランシェット氏が受賞。

長編アニメ映画賞は「アナと雪の女王」、短編アニメ映画賞は「Mr.Hublot」が受賞、宮崎駿監督の「風立ちぬ」と森田修平監督の「九十九」は何れも受賞を逃した。

ハリウッドもグローバル化の大波には逆らえない?

「それでも夜は明ける」とともに、作品賞の有力候補とされていた「アメリカン・ハッスル」(日本公開中)は無冠となった。

やはり有力とされていた「ゼロ・グラビティ」含め3作品とも鑑賞したが、国内では「ゼロ・グラビティ」は上映期間も長く、上映館も多いのに対し、前2作品は上映館が少なく、映画館を探すのにも困る状況だった。

その背景には、興行的な側面が大きいのかもしれない。

「それでも夜は明ける」はその邦題が意味する通り、様々な意味で暗く重い。「アメリカン・ハッスル」は日本語でよく使われる「張り切る」という意味よりは、英語本来の「ごり押し」的なイメージが強く、米国外でのうけは何れもいま一つかもしれない。

一方、「ゼロ・グラビティ」は登場人物こそ極めて少ないものの、視聴者を宇宙空間に放出するような現実感があり、不思議な体験をさせられる映画だ。

そういう意味では、「ゼロ・グラビティ」の7冠に対し、「それでも夜は明ける」が3冠、「アメリカン・ハッスル」が無冠に終わったのは、「地政学的リスク」の拡散同様、ハリウッドもグローバル化の大波には逆らえないという証左かもしれない。

末澤 豪謙 プロフィール

末澤 豪謙

1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。同投資戦略室長、大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。

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