アナリストの忙中閑話【第70回】

アナリストの忙中閑話

(2017年3月23日)

【第70回】「まさか」の展開となったアカデミー賞授賞式、独仏選挙情勢、政治の世界でも「まさか」は起きる?

金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙

第89回アカデミー賞授賞式で前代未聞の珍事が発生

人生には、「上り坂」と「下り坂」に加えて「まさか」があると述べたのは小泉純一郎元首相だが、昨年来、様々な分野で、「まさか」が発生している。

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2月26日(現地時間、日本時間は27日午前)に開催された第89回アカデミー賞授賞式では、大取(おおとり)を飾った作品賞(Academy Award for Best Picture)の発表に際し、前代未聞の珍事が発生した。

『俺たちに明日はない』(1968年日本公開)でボニー&クライドを演じた大御所俳優のウォーレン・ベイティさんとフェイ・ダナウェイさんがプレゼンターを務めたが、彼らが発表した作品名は、『ラ・ラ・ランド』(公開中)。

『ラ・ラ・ランド』はその時点で、監督賞、主演女優賞、作曲賞、主題歌賞、美術賞、撮影賞と最多6部門を受賞していた。大興奮のキャストや制作スタッフが登壇して受賞スピーチを始めたところ、間違いがわかり、作品賞受賞作品は『ムーンライト』(3月31日公開)と訂正されることとなった。

ちなみに、32歳のデイミアン・チャゼル監督は、最年少でのオスカー受賞監督となったが、主演女優賞を受賞したエマ・ストーンさんは、「これまで見たアカデミー賞の中で一番めちゃくちゃな瞬間だった」と記者団に語るなど、混乱の中、第89回アカデミー賞授賞式は終了した。

大手会計事務所といえども人為的な「まさか」を完全に排除することはできない

ベイティさんは、作品賞受賞作として渡された封筒に主演女優賞を受賞したエマ・ストーンさんの名前と作品名『ラ・ラ・ランド』が書かれていたからだと釈明しているが、既に、主演女優賞は発表済であり、何故その封筒が紛れ込んだのか謎だった。

本コラムでも紹介したが、ベイティさんは昨年、トランプ大統領の選挙戦時の金庫番を務め財務長官に就任したスティーブン・ムニューシン氏が出演する映画の監督をしていたため、筆者は当初「フェイク・ニュース」攻撃でも受けたのかと勘ぐったが、どうも、票集計を行った会計事務所の人為ミスだったようだ。

アカデミー賞の投票集計は過去83年間、米大手会計事務所のプライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)が行っている。受賞作品を記した封筒は毎回2セット作成し、別々のスーツケースに入れて保管、男女のスタッフが交互に封筒を渡すことになっていたが、今回、男性スタッフが最後に誤った封筒(一つ前の封筒)を渡してしまったとのこと。

この失態を受けて、米国のネットでは、PwCのことを、「Probably Wrong Card(たぶん違うカード)」と揶揄されたとか。。。大手会計事務所と言えど、人為的な「まさか」を完全に排除することはできないようだ。

今年のアカデミー賞は、昨年の反省と世相を反映

日本でも、この話題が中心となり、下馬評の高かった『ラ・ラ・ランド』以外の受賞作はあまり報道されなかったが、今年のアカデミー賞は、昨年の反省と世相が影響したことは確かのようだ。

『ムーンライト』
3月31日(金)、TOHOシネマズシャンテ他にて全国公開
©2016 A24 Distribution, LLC

昨年は、2年連続で俳優部門にノミネートされたのが全員白人で「Oscar so white (真白過ぎるオスカー)」と批判されたが、今年は、『ムーンライト』(3月31日公開)のマハーシャラ・アリさんが助演男優賞、デンゼル・ワシントン監督・主演作品『Fences(原題)』(日本公開未定)のヴィオラ・デイヴィスさんが助演女優賞と黒人俳優のダブル助演賞受賞となった。

なお、『ムーンライト』は作品賞、脚色賞、助演男優賞の3部門を受賞したが、主人公はLGBTの黒人と、ある面、マイノリティの中でもよりマイノリティを描いた作品。前月号で取り上げた『マリアンヌ』(公開中)で主演を演じたブラッド・ピットさんが製作総指揮を務めている。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
2017年5月13日 TOHOシネマズ シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
©2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

一方、主演男優賞は、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(5月13日公開)のケイシー・アフレックさんが受賞した。ケイシー・アフレックさんは、『ザ・コンサルタント』等に出演し、現在の「ブルース・ウェイン/バットマン」役のベン・アフレックさんの弟。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、ボストンで便利屋として生計を立てていた主人公が、兄の死をきっかけに故郷に戻り、過去の記憶と向かいあうヒューマンドラマ。メガホンをとったケネス・ロナーガン監督は、脚本賞を受賞。本作品は、『ボーン』シリーズのマット・デイモンさんがプロデューサーを務めている。

編集賞と録音賞の2部門を受賞した『ハクソー・リッジ』(6月24日公開)は、俳優のメル・ギブソンさんが『アポカリプト』以来10年ぶりにメガホンをとった作品。

『ハクソー・リッジ』
6月24日(土) TOHOシネマズ スカラ座ほか全国ロードショー
©Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

太平洋戦争で最も激戦となった沖縄戦で75人の命を救った米軍衛生兵デズモンド・ドスの実話を映画化し作品。ドス氏は、「良心的兵役拒否者(Conscientious objector)」として初めて名誉勲章が与えられた人物。「ハクソー・リッジ」とは、沖縄戦において、浦添城址の南東にある断崖「前田高地」に米軍がつけた呼称(弓鋸の峰)からきているようだ。

やはり日本を舞台とした『沈黙 サイレンス』でポルトガルの宣教師役を演じたアンドリュー・ガーフィールドさんが主演を務めた。

これらの作品の受賞は、保護主義と内向き指向が渦巻く、米国を含む最近の世界情勢に対するハリウッドの警鐘と言えそうだ。

なお、長編アニメーション賞は『ズートピア』が受賞、スタジオジブリが初めて海外と共同製作した『レッドタートル ある島の物語』は惜しくも受賞ならず。

ただ、『ズートピア』を製作したディズニーは、ハリウッドの脚本家兼プロデューサーから著作権侵害で訴えられており、今後は法廷闘争に持ち込まれる予定だ。3月21日にカリフォルニア州ロサンゼルスの連邦地裁に告訴したのは『トータル・リコール』などの脚本家として知られるゲイリー・ゴールドマン氏。ストーリー同様、現実でも、ミステリアスな展開になってきた。

メイクアップ&ヘアスタイリング賞は『スーサイド・スクワッド』、衣装デザイン賞は『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』、視覚効果賞は『ジャングル・ブック』と、何れも本コラムで特集した作品が受賞した。音響編集賞は『メッセージ』(5月19日公開)が受賞。

日本版アカデミー賞やキネマ旬報ベストテンも異例な結果に

アカデミー賞は、我が国でも日本版が発表されているが、今年は、日本版アカデミー賞も異例な結果となった。

3月3日に発表された第40回日本アカデミー賞では、『シン・ゴジラ』が最優秀作品賞や最優秀監督賞等7部門を制した。実は、怪獣映画は過去39回、毎年5本ずつ選出される優秀作品賞にすら一度も選ばれていない。

また、最優秀脚本賞を受賞したのは『君の名は。』の新海誠監督。アニメ作品が最優秀脚本賞を受賞したのも今回が初めて。ちなみに最優秀アニメーション作品賞は『この世界の片隅に』が受賞した。

『この世界の片隅に』は、第90回キネマ旬報の日本映画ベスト1にも選ばれている。ベスト2は『シン・ゴジラ』。

本家アカデミー賞でさえ、今年は第89回だから、キネマ旬報ベストテンは世界最古クラスの映画賞と言えるが、選考委員が映画評論家や映画雑誌編集者など120人程度と少ないこともあり、過去は興行成績とあまりリンクしない受賞結果が多かった。2002年に日本アカデミー賞最優秀作品賞や本家のアカデミー賞長編アニメーション賞を受賞し、歴代興収ランキング第1位の『千と千尋の神隠し』でさえ、ベスト3にとどまっていた。

日本の映画賞にも時代の変化が訪れたと言えそうだ。

オランダ総選挙はルッテ首相の自由民主国民党が第1党の座を維持するも与党の議席は大幅減

小泉元首相の「まさか」発言は、2007年に我が国政界で起きた異変をさしているが、今年は、欧州大陸の2大国のフランスで大統領選(第1回投票4月23日、決選投票5月7日)、9月24日にはドイツの総選挙も控えている。

3月15日に行われたオランダ総選挙は、トルコ関係の悪化等も影響し、ルッテ首相の自由民主国民党が第1党の座を維持、極右の自由党は第2党にとどまったが、現与党の獲得議席は、前回総選挙時と比較するとほぼ半減した。今後、連立政権の枠組み拡大が必須であり、国民の既成政党や政府への不満が強い状況には変化がなかったと言えそうだ。

ドイツ社会民主党、新党首にシュルツ前EU議会議長を選出

ドイツ連邦議会第2の勢力で中道左派政党の社会民主党(SPD)は19日、首都ベルリンで臨時党大会を開き、ガブリエル氏に代わる新党首に、マルティン・シュルツ前欧州連合(EU)議会議長(61)を選出した。

シュルツ党首は9月24日に実施される連邦議会選挙で、4選を目指すキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のメルケル首相(62)と対決する。

SPDは現在、CDU・CSUと大連立を組み、メルケル政権にも主要閣僚を出しているが、9月の総選挙後は大連立を解消する方針。首相候補にガブリエル氏を擁立していた昨年までは、世論調査でCDU・CSUに引き離されていたが、シュルツ氏を擁立して以降、SPDの支持率が大きく伸び、接戦となっている。

既に、連邦参議院では、SPDが多数派を占めており、選挙結果次第では、シュルツ氏を首班としたSPD、緑の党、左派党による中道左派の連立政権が誕生する可能性もある。

フランス大統領選、憲法院が11名の立候補を認可

一方、予備選における本命候補の落選や相次ぐスキャンダルで混乱の続くフランス大統領選だが、3月18日、憲法院による立候補者の審査が終了し、11名が認可された。

4月23日に第1回投票が実施され、過半数を確保する候補者がいなければ、上位2名が5月7日の決選投票に進出する。

立候補したのは、右派で共和党のフランソワ・フィヨン元首相(63)、極右・国民戦線(FN)のマリーヌ・ル・ペン党首(48)、中道で独立候補のエマニュエル・マクロン元経済産業デジタル相(39)、左派・社会党のブノア・アモン前国民・教育相、左翼党共同党首のジャン・リュック・メランション氏、立ち上がれ共和国(DLR)のニコラ・デュポン・エニャン党首に加え、小政党の党首らとなっている。

現在の情勢はル・ペン氏とマクロン氏が決選投票に進み、マクロン氏が勝利の見通し

現時点での情勢は、第1回投票では、移民排斥やEU離脱を掲げる極右FNのル・ペン氏と親EUかつ構造改革を主張する中道独立派のマクロン氏が優勢で、両者が決選投票に進む可能性が高い。決選投票では、マクロン氏がル・ペン氏を60対40程度の差で退け勝利するものと現時点の世論調査の結果からは見込まれる。

3月20日に実施された主要候補者のTV討論会でも、マクロン氏が視聴者から最も支持を得た模様だ。TV討論会には、マクロン氏、ル・ペン氏、フィヨン氏、アモン氏、メランション氏の5人が参加したが、Elabeの世論調査では、最も説得力があった候補は、マクロン氏の29%に対し、メランション氏が20%、次いでル・ペン氏とフィヨン氏が19%で並び、アモン氏は11%となった。

左派共闘リスクはほぼなくなったが、マクロン氏のスキャンダル・リスクは残存

極右のル・ペン氏が勝利する可能性として第1のリスクは、左派のアモン氏とメランション氏が共闘し、ル・ペン氏とアモン氏が決選投票に進むケースだったが、前述のように、最終的にメランション氏も立候補を届け出たため、この可能性はほぼなくなったと言えそうだ。

但し、リスクが完全になくなった訳ではないだろう。それは、マクロン氏の政治経験の短さだ。これは、単に経験や能力的な問題ではなく、いわゆる「身体検査」、スキャンダル・リスクの問題だ。

実際、昨年末段階で、最有力候補と言われていたフィヨン氏は家族への議員秘書給与の不正支払問題発覚後、支持率が急落した。フィヨン氏は3月14日には公金横領などの容疑で司法当局から訴追されており、現状では支持率の急回復は望み薄だ。

一方、マクロン氏は、年齢も39歳と若く、支持率が上昇したのは極めて最近のことである。2月に入り、一部で不倫疑惑報道等もなされたが、今後もスキャンダルが発覚する可能性が無いとは言えない。

3月14日には、フランス司法当局が不公正取引容疑でマクロン氏の予備調査に着手している。容疑は、フランス政府系機関のビジネス・フランスが2016年1月に米ラスベガスで開催したフランスの技術紹介イベントの運営を競争入札の手続きを行わずに、大手広告会社のアバスに発注した問題。マクロン氏は当時、経済相を務めていたが、マクロン氏のスタッフに複数のアバス出身者がいたことで疑いが浮上した。

ビジネス・フランスはマクロン氏と同スタッフの関与を否定しており、フィヨン氏と違い立件の可能性は低いと見込まれるものの、このような疑惑が今後も浮上することとなれば、決選投票でル・ペン氏に有利に働く可能性も考えられる。

マクロン氏に関しては、ル・ペン氏や米国のトランプ氏のように、古くからの熱烈な支持者は少ないとみられることから、スキャンダルには注意が必要だろう。実際、支持率に関しては、ル・ペン氏の方が安定した推移を辿っている。

ちなみに、ル・ペン氏の個人秘書も、欧州議会から秘書給与を不正に受け取っていた疑惑で2月22日、背任の罪で訴追されるなど、今回のフランス大統領選はスキャンダル塗れの状況だ。

フランス政治の混乱は大統領選後も続く、我が国は大丈夫?

また、マクロン氏は元社会党員なるも、独立候補のため、6月の総選挙では、ル・ペン氏同様、コアビタシオン(Cohabitation)、所属勢力の異なる大統領と首相が共存する状態とならざるを得ない。大統領予備選の状況等を勘案すると、議会は右派が最大会派となる可能性もあり、フランス政治の混乱は大統領選後も続くと考えた方がよさそうだ。

本日、23日には、衆参両院の予算委員会で、大阪の学校法人森友学園の籠池理事長の証人喚問が行われた。「政界、一寸先は闇」と言うが、「まさか」は我が国でも起きるのだろうか。

末澤 豪謙 プロフィール

末澤 豪謙

1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。同投資戦略室長、大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。

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