アナリストの忙中閑話【第1回】

アナリストの忙中閑話

(2011年5月2日)

【第1回】震災で浮き彫りになった日本の根源的な強さと弱さ

元SMBC日興証券 株式調査部長 吉田憲一郎

3月11日に国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した東日本大震災から50日が経過した。復興への歩みは顕在化したものの、被災地では依然として多くの人たちが困難な避難所生活を強いられている。東京電力の福島第1原子力発電所の事故は、収束へ向けての工程表が示されたとはいえ、関係者の懸命の努力にも関わらず依然として予断を許さない状況にある。

未曾有の災害に世界中の目が釘付けとなる中で、日本の根源的な強さと弱さが浮き彫りになった。
強さの第1は、極限的な状況においても失われなかった日本人の「自制心」だろう。被災者が規律正しく行動し、協力し助け合い、困難に立ち向かうという姿を海外メディアは一様に称賛した。農耕民族として集団生活を営々と歩んできた日本人の「絆」、「和」を重んじる心、「思いやり」の精神がそこにある。
普段は競合関係にあるような企業の間でも、震災直後から市民や顧客のために物資を融通し合う動きが目立った。便乗値上げなど火事場泥棒的なこともほとんどなかった。

根源的な強さのもう1つは「現場力」である。被曝リスクを自らコントロールしながら、福島原発への放水作業を行った消防隊の勇気には頭が下がった。自衛隊も行方不明者の捜索、救援物資の輸送、がれき撤去など献身的な活動を続けている。
一般道路やローカル鉄道の復旧には時間を要しよう。しかし、4月29日には東北新幹線が全線開通、高速道路や国道、空港などの正常化に目途がついており、交通インフラは速いスピードでの回復が進んでいる。

一方で、弱さが露呈したのは政府や公共企業体の「発信力」である。従来から日本の対外コミュニケーション力の乏しさは指摘されてきたが、それが極めて重要な役割を果たすべき危機対応の局面において表面化する結果となった。
特に、福島第1原発の低レベル放射能汚染水を海に放出した際の政府の対応には大いに不満が残る。近隣諸国への事前連絡は必要であったし、他に手段がなく環境面への影響が小さいのであれば、その理由と科学的根拠をはっきりと示す責任があった。
計画停電の広報もずさんで、無用の混乱と住民の不公平感を招いた。あまりにも突然だった上に、地域のグループ分けなどの情報も当初は明確でなく、停電実施の有無などに関する周知徹底も不十分だった。

逆に、この間に発信力の強さを披露した国もあった。フランスのサルコジ大統領は3月31日、日本を訪問した。3時間という短い時間であったが、東日本大震災発生後、外国首脳の来日は初めてであった。同国の原子力大手であるアレバのCEOと相次いでの訪日であり、国内エネルギーの80%を原子力でまかなうフランスが、今後も世界の原子力産業をリードするという姿勢を強く印象づけた。
また、オーストラリアのギラード首相は、海外の首脳として初めて被災地に入った。4月23日に豪州の救助隊が活動した宮城県南三陸町を訪問し、被災者を励ました映像は世界中に発信された。訪問に先立ってオーストラリアは日本への渡航禁止措置を緩和し、同国のカンタス航空も19日、成田への直航便の運航を再開した。

第二次世界大戦からの復興の日本経済の成長は、勤勉な国民が一体となって協力し、創意工夫と“カイゼン”を積み重ねたことが原動力となった。今回も国民の自制心と現場力の強さが復興を支えていくと個人的に確信している。
一方、政府は原発の最新状況のアップデート、今後の復興プランおよびその財源、などについて、細心の注意を払いつつ、国内外へ強力なメッセージを発していくことが求められている。

吉田憲一郎 プロフィール

1985年一橋大学商学部卒業後、日興證券入社。96年ソロモン・ブラザーズ証券転職後、同社が古巣と合弁で設立した日興シティグループ証券へ。2006年ゴールドマン・サックス証券入社を経て2010年日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)へ復帰し、3度目の日興入社を果たす。2010年8月〜2012年8月まで株式調査部長。
日経アナリストランキングは商社部門で1999年〜2007年と9年連続1位、同放送レジャー部門で2003年〜2007年と5年連続トップ。

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