アナリストの忙中閑話【第12回】

(2011年11月8日)
【第12回】ギリシャ、首相退陣、大連立へ、来年2月に総選挙、インモータルズ、人々の戦い
金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙
ギリシャ、首相退陣、大連立政権樹立へ、2012年2月に総選挙実施
ギリシャのパパンドレウ首相は、11月6日夜(日本時間7日未明)、パプリアス大統領立会の下、最大野党の新民主主義党(ND)のサマラス党首と会談し、パパンドレウ首相の退陣と与野党大連立による新政権の樹立で合意した。
パパンドレウ首相は、唐突な国民投票実施表明で、国際社会の信頼を失い、11月5日の信任投票可決(賛成153、反対145、欠席2)を花道に、退陣を決断した模様だ。
8日にも選出されるとみられる後任の首相には、パパデモスECB前副総裁、政権与党、全ギリシャ社会主義運動党(PASOK)のベニゼロス財務相や、政治学者のディアマンドゥロス氏、ディマス元欧州委員会委員らの名前が挙がっているが、最有力は、ルーカス・パパデモス氏と見られている。
また、ギリシャ財務省は、7日、同国の主要政党が同日、2012年2月19日に総選挙を実施することで合意したと発表した。
今後、3か月で、ユーロ圏で合意した包括戦略実施のための議会承認やギリシャ債権の交換等を完了する方針とのこと。
大連立政権の樹立で、ギリシャ向け1次支援第6弾の80億ユーロの資金供与は、近々に実施され、当面のギリシャのデフォルトリスクは回避される可能性が高くなった。
なお、同融資に関し、7日に開催されたユーロ圏財務相会合では、新たに発足する連立政権の要となるNDとPASOKに対し、EUが合意した包括戦略への支持と実行を誓約する文書の提出を要求、その後、第6弾融資を月内に実施することで合意している。
突然死リスクは低下したものの、中長期の道は険しい
ギリシャ情勢は、突然死(sudden death)のリスクは、足元、後退したものの、ギリシャ危機の収束に向けた、中長期の道は険しいと言えそうだ。【第4回】「ギリシャ危機とコレリ大尉のマンドリン」でも、述べたように、民主主義の発祥地であるギリシャで、民主的な選挙が実施されたのは、1974年、わずか、37年ほど前に過ぎない。
その後は、NDとPASOKが交互に政権に就き、2001年のユーロ導入以降も2政党が交互に政権を維持しているが、後にパパンドレウ首相は、2001年以降、ギリシャは一度もGDP比3%以内という財政赤字の基準を満たしていなかったことを明らかにしている。
ギリシャの長期国債の残高は、1994年末当時は426億ユーロ、但し、2009年9月末には、2,752億ユーロと15年間で、2,326億ユーロ増と6倍以上に増加することとなっている。
その間、ギリシャ国債の保有残を積み増したのは、大半が海外投資家だ。94年末の49億ユーロが、09年9月末には、2,062億ユーロと2,013億ユーロも増加、保有シェアも、11.5%→74.9%と急上昇している。
1990年代後半は、統一通貨ユーロの導入準備が進んだ。1995年12月にはEU理事会において、欧州統一通貨の名称が、「ユーロ」と決定されている。1999年1月からは、ユーロ圏11か国で、電子決済通貨として「ユーロ」が流通、ギリシャも2001年から、「ユーロ」の使用が認められ、2002年からは、ユーロの紙幣、硬貨も流通している。
ギリシャ国債の海外保有比率が急上昇したのは、第1段階が90年代後半、第2段階がギリシャがユーロ圏入りしユーロの現金が流通し始めた2002年からである。
ギリシャの債務問題は、ユーロ導入が遠因
ギリシャが多額の借金ができたのは、明らかにユーロ導入が背景にある。
フランスやドイツ等、ユーロ圏の投資家が、為替リスクがなく、相対的に、利回りの高いギリシャ国債投資にのめり込んでいったのは想像に難くない。
また、ユーロ圏では、政府債務残高を対GDP比率でフローベース3%以内、ストックベースで60%以内とする収斂基準(マーストリヒト基準)が課されていたが、2004年11月時点で、ギリシャは、当該基準を当初から満たしていなかったことが発覚している。
但し、当時もその問題は、深刻化せず、2004年8月のアテネ・オリンピックの成功もあって、海外投資家のギリシャ国債投資は止まらなかった。
一方、ギリシャは、ユーロの導入により、ライバルが増加、伝統産業である観光や海運、農林水産業の国際競争力は低下、海外から調達した資金は、公共事業や公務員の給料・年金等に投入、成長戦略の視点は欠けていたと言わざるを得ない。
また、所得の捕捉率が極めて低い同国では、筆者の推測だが、2005年にスイスがシェンゲン協定に加入以降、ユーロ建ての高額紙幣等を自家用車等で、直接、スイスの銀行の匿名預金口座に持ち込む富裕層が増加する等、資本逃避が拡大したのではないか。
こうして、貿易収支や経常収支の赤字構造が定着する一方、財政赤字は大きく積み上がり、国家破たんの危機を迎えるに至ったと考えられる。
インモータルズに頼るのではなく、人間の英知の結集が必要
インモータルズ(Immortals)は、直訳すると、不死や不朽・不滅の人々を意味する言葉だが、ギリシャ神話に登場する神々を指す言葉でもある。
ちょうど、今週末2011年11月11日に、「インモータルズ、神々の戦い」という映画が、世界同時公開される。
同映画は、光の神(オリンポスの神々)VS闇の神(タイタン族)の戦いを描いたものだが、戦いのキーマンは、神ではなく、人間の勇者「テセウス」である。
現代のギリシャも、1974年の民主制移行後、NDとPASOKという2大政党による抗争が繰り広げられてきたが、今や政争に明け暮れる余裕はない。
既に、ギリシャ危機は、G7の一角の隣国、イタリアにまで波及、イタリア経済が炎上することとなれば、コンテイジョン(Contagion:伝染、同名の映画は2011年11月12日公開予定)は、欧州のみならず、世界に飛び火することとなろう。
このままでは、同じ「不死」でも、財政危機という「Undead」が、消滅せずに、世界を徘徊することになりかねない。
ここは、神頼み、他人まかせではなく、ギリシャ、イタリアの国民が自ら、経済・財政の再建に邁進するとともに、我が国や新興国を含めた国際社会が協力することが必要だろう。
何れにせよ、火災や病気は、初期消火、初期段階での治療が必要だが、一方で、予防策やいざという時のセーフティネット(安全網)の構築を同時並行的に進める必要がありそうだ。
末澤 豪謙 プロフィール
1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。同投資戦略室長、大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。