アナリストの忙中閑話【第13回】

(2011年11月16日)
【第13回】「討議のすゝめ」−ダイバーシティ時代のサバイバル術
元SMBC日興証券 株式調査部長 吉田憲一郎
APEC(アジア太平洋経済協力会議)が11月11-13日開催された。日本の報道では野田佳彦首相によるTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加表明ばかりが目立ったが、海外メディアでは経済的・政治的な台頭の著しい中国に対して、米国が環太平洋地域でのリーダーシップをいかに示せたかが焦点となった。また、首脳会議はオバマ大統領の発案でディスカッション(討議)方式となった。首相は記者会見で、「エネルギー効率向上に関するこれまでの我が国の経験と教訓、今後の挑戦について説明して議論をリードした」と述べている。
最近の若い人は違うかもしれないが、日本人はディスカッションが得意ではない。「国際会議ではインド人の喋りを抑え、日本人を発言させることが重要」というジョークがあるが、それは英語の問題だけではないだろう。日本でプレゼンテーション・スキルについての書物やセミナーは多数あるものの、ディスカッション技術を学ぶ機会はあまりない。自分自身も討議の場で積極的な発言をすることは苦手で、ましてその進行役は高視聴率のとれるテレビのバラエティ番組のMC(司会者)のように生まれつきの才能が必要だと思い込んでいた。
しかし、今年夏に慶應義塾大学ビジネス・スクール(KBS)の「ケースメソッド教授法セミナー」を受講、ディスカッションをリードする技術は習得可能ということが身をもって実感することができた。若手アナリストの育成のヒントになれば、という軽い気持ちで自費参加したが、休日4日間をまるまる費やし、7回分のケースの予習とレポート提出が義務付けられた。決して楽ではなかったが、非常に収穫の多い、ほかでは得難い貴重な体験となった。
ビジネス・スクールには高い意識の人が集まっており、活発な議論が行われるのは当然という見方もあろう。しかし、KBSが範とした米国のHarvard Business School(HBS)でさえも、討議型授業運営の難しさを認めてディスカッション・リード技術の研究を積み重ねつつ、ケース授業講師の教育に力を注いでいる。それは、HBS教授陣による著書「ケース・メソッド教授法」(日本語版、原著はTeaching and the Case Method)に詳しく、HBSのホームページで動画による授業風景とともに細部にわたってインタビューで語られている。
ケース授業のクラスでは個人予習、グループ討議、クラス討議というプロセスを踏む。事前に十分な個人予習をしていることを前提に少人数のグループ討議を行う。ウォームアップとも言うべきグループ討議で意見を口に出し、第三者の反応も得ることで、大人数のクラス討議で発言する際の心理的ハードルを低くすることができる。
ディスカッション・リーダーの役割として、討議参加者のプロフィールおよびスケジュールなどを事前にできるだけ詳しく把握することもポイント。討論中のあるテーマに詳しい参加者がいた場合は、リソース・パーソンとして有効な質問を投げかけたり、解説を求めたりすることができる。一方、ある参加者にとって適切でない議論の際は個別に配慮したり、事前に断りを入れておくことで、参加者が嫌な思いをしたり気まずい雰囲気になることを避けることもできる。
また、KBSでもHBSでも「板書」(黒板書き)の有効性とテクニックを重視しているところが興味深い。板書されることで、発言者は自分の意見が討議リーダーに認められたという意識が高まり、その証拠を黒板で常に確認できる。ディスカッション・リーダーは討議進行によって板書された参加者の様々な発言のうち、議論のポイントとなるフレーズを下線や囲みでハイライトしたり、それらの対立関係を構図化したりして、討議内容を「見える化」して全体の舵をとっていく。
この他にも様々なテクニックや留意すべき点が事例とともに紹介されているが、ディスカッション参加者が重視すべき「徳」として、「勇気」、「礼節」、「寛容」の3つがあげられている。対立意見を言うことは誰しも勇気のいることだが、それがない討議は展開しない。討議リーダーは、参加者がリスクをとることを推奨し、極端な意見を述べた人の勇気を称えるべしと説いている。
終身雇用下の純粋培養という伝統的日本企業で育ってきた社員は、根回しずみの結論ありきの会議、上席者の意見に賛同するだけの会議、に慣れているケースが多い。しかし日本企業もM&A、グローバル化、人材の流動化などで、ダイバーシティが進展、様々な価値観を持つ社員が混在するようになった。こうした企業では、多様性を尊重しながら、企業の競争力向上へ向けて社員の意識のベクトルを統一することが重要である。
そのために「インターナル・コミュニケーション」の充実が不可欠であり、社員同士が活発な討議を繰り広げることが鍵になろう。バックグラウンドの異なる社員が積極的に意見を出し合い、創造的な討議ができる雰囲気・環境づくりが、ダイバーシティ・マネジメントの必須項目と考える。
吉田憲一郎 プロフィール
1985年一橋大学商学部卒業後、日興證券入社。96年ソロモン・ブラザーズ証券転職後、同社が古巣と合弁で設立した日興シティグループ証券へ。2006年ゴールドマン・サックス証券入社を経て2010年日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)へ復帰し、3度目の日興入社を果たす。2010年8月〜2012年8月まで株式調査部長。
日経アナリストランキングは商社部門で1999年〜2007年と9年連続1位、同放送レジャー部門で2003年〜2007年と5年連続トップ。