アナリストの忙中閑話【第16回】

(2012年1月11日)
【第16回】「寡占状況を作れなかったことがデジタル家電での敗因の一因」
株式調査部長 シニアアナリスト 三浦 和晴
2000年のシャープの液晶テレビのCMで吉永小百合さんが「20世紀に置いていくもの」としてブラウン管テレビを風呂敷に包み、「21世紀に持っていくもの」として液晶テレビを示した。このCMをご記憶の方も多いと思う。まさしくこれが薄型テレビなど「デジタル家電元年」であった。そこから10年超を経て、かつて世界に冠たる家電王国であった日本の家電企業は、残念ながらここから多くの利益を上げることが出来なかった。
2000年過ぎに、かつての同僚アナリストと「リビングを制するのは家電メーカーかPCメーカーか」といった議論をしたことがある。家電担当アナリストである筆者の意見はもちろん「家電メーカーが勝つ」であった。憩いの場であるリビングではユーザーインターフェースに優れた日本の家電メーカーが有利だと思っていた。しかし、いまやPCメーカーであったアップルがユーザーインターフェースでも優れていると言われている。日本の家電メーカーの株価も2000年頃に比べて5分の1、10分の1に低迷している。
理由はいくつかあげられよう。家電立国を支えた技術は、精巧な部品の組み合わせで家電製品を作り上げる「メカトロニクス」にあり、デジタル家電を支える技術はPCと同様、システムLSIとOSなどの「ソフトウェア」にあったこと。この点は、メカトロニクス製品の代表とも言える複写機・プリンター分野では引き続き日本企業が圧倒的に強く、デジタル家電分野では有力なソフトウェアメーカーであるアップルが圧倒的に強い、ということからも言えよう。さらに、韓国ウォンや台湾ドルに対して為替が大幅な円高で推移したことも、日本企業の競争力を失わせる一因であったであろう。
筆者は2010年10月の家電セクターのカバレッジレポートで「メカトロニクスに強かった日本の家電メーカーがデジタルの世界に対応できなかった」ことを、この10年間の日本の家電メーカー低迷の主因にあげた。この見方は変わらないが、一方で敗因はそれだけであろうかとも思っている。例えばビデオゲーム(テレビゲーム)分野は、そもそも始めからデジタルであったが、任天堂もソニー(ソニー・コンピュータエンタテインメント)も、いまなお世界のゲームメーカーの中心的存在である。あるいはデジタルビデオカメラやDVD/BDプレーヤー/レコーダー、デジカメ、デジタルテレビなど、ほぼすべてのデジタルAV機器は日本発であった。iPod発売以前にソニーがネットワークウォークマンを発売していたことは周知の事実である。筆者もiPod発売以前から「メモリースティックウォークマン」を使っていた。
やはり技術面のみではなく、「技術経営」の面でも大きな問題があったのではないかと考えている。これはエンジニアの問題ではない、経営の問題である。開発・設計から生産、販売までの製品のサプライチェーンの過程で、どこに自社の「技術優位性」を見出し、その技術優位にある部分をいかに「寡占化」し、その技術をいかに「利益化」するのか、という事業戦略が弱かったと考えている。「垂直統合」や「擦り合わせ」、「地産地消」という言葉を使えば、それ以上のことは考えないでも利益を上げられるように思えてしまう。ただ、それは自ら考えた経営手法ではなく、他者の真似をした経営手法である。松下幸之助氏が「事業部制」を考えたと言われている。優れた経営者は、過去も今も新たな経営手法を自ら考えている。決して物真似ではない。MBAの教科書を真似るのではなく、自らがMBAの教科書の題材になっている。
以前に、ある方に奨められて「現代の二都物語」(アナリー・サクセニアン著、日経BP社)を読んだ。「なぜシリコンバレーは復活し、ボストン・ルート128は沈んだか」という副題にある通り、米国のハイテク産業がなぜシリコンバレーで復活したのかを書いた本である。主題とは離れて、私がこの本で一番考えさせられたのは、パフォーマンス・セミコンダクターズ社の創業者が「パフォーマンス社のような中小企業は、既存企業の市場を断片化して彼らを食い荒らすことで成長します。アメリカが半導体で日本に勝つ唯一の方法は、量産市場を断片化させることです」(209ページ)、と語っている部分である。1980年代後半に日本の半導体メーカーが世界を制した頃の話である。1990年代以降の結果をみれば、シリコンバレーは復活し、日本の半導体産業は沈んだことは明らかである。シリコンバレーは日本を真似るのではなく、日本の強みを打ち消すことで復活した。
日本の家電メーカーが「技術優位性」を失ったとは思えない。デジタル家電で利益を上げられなかったとしても、省エネ技術、カーナビゲーション技術、リチウムイオン電池や太陽電池など、今なお世界でトップレベルの技術を有している。家電企業の経営陣には、「地産地消」といった言葉に溺れるのではなく、アップルやサムスン電子など大手企業を真似るのではなく、いまや日本企業の前に立ちはだかる巨人をいかに断片化し、いかに自らが技術優位にある部分を寡占化するのか、を今一度真剣に考えて欲しいと思うのである。
さらに、2000年頃から進んだ上場子会社の100%子会社化も日本企業の活力を失わせることにならなかったか、とも思っている。「官僚制の弊害」や「意思決定のスピードの遅さ」など弊害の方が多くなっていないかという点である。この点については、次回の筆者の執筆時にもう少し詳しく述べたい。
三浦 和晴 プロフィール
1992年大和総研入社。大阪調査部で関西の素材、その他製造、アパレル業界等を担当。98年に東京へ異動になり、家電業界担当。2010年に日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)入社、引き続き家電セクター担当。11年より、家電に加えて、精密業界も担当。2012年8月より株式調査部長に就任。