アナリストの忙中閑話【第19回】

アナリストの忙中閑話

(2012年4月17日)

【第19回】脚光浴びる株主利益還元−安定配当と機動的な自社株買いが信任度向上の鍵

元SMBC日興証券 株式調査部長 吉田憲一郎

投資尺度として注目が集まる配当利回り

東京市場の株価は、2012年2月14日の日本銀行からのバレンタイン・ギフトといわれた金融政策決定会合における事実上のインフレターゲット宣言を契機に上昇に転じた。日経平均の高値1万255円をつけた3月27日は3、9月決算企業の権利付き最終日にあたる。株価はその後調整局面に入っており、2、3月の株価上昇は配当取りを狙った買いもその一因であったことを印象づけた。

2008年のリーマンショック以降、日本では株式配当利回りが長期国債利回りを上回る状況が続いている。東証1部上場企業の平均配当利回りは2%強だが、財務体質の強い優良株で3%を上回る株も少なくなく、配当利回りは銘柄選別の有力な尺度の一つになっている。

アップルは復配と自社株買いで3年間に450億ドルの利益還元を宣言

3月19日にアップルは17年ぶりの復配を発表した。1株当たりの四半期配当金は2.65ドルで、年間の配当支払い額は100億ドル規模という米国企業で最高になる。また今後3年間で行う株主還元の総額は同時に公表した100億ドルの自社株買いを加えて総額450億ドルに達する見通し。

歴史的イベントとなったアナリスト向けカンファレンスコールで、スティーブ・ジョブズ氏の後継者CEOティム・クック氏は今後3年間における携帯端末とタブレットPCの市場予想を示した上で、iPhoneやiPadなどの主力製品の成長が続くとの見通しを述べた。またアップルは今後も世界で最もイノベーティブな製品を作り出していくことを強調、R&Dや世界各国での販売ネットワーク拡大など戦略的な投資を続けていくことも語った。

CFOピーター・オッペンハイマー氏は、手元資金が大幅に積み上っていることに加え、将来のキャッシュフロー創出力についても強い自信を示した。合わせて株主還元には米国内の現預金のみを用い、海外で既に稼いだ分および今後も積み上がるだろうキャッシュにはその対象外と述べ、投資家へ強い安心感を植えつけた。

日本企業の株主への還元姿勢も変化の兆し

我が国の上場企業の間でも、株主還元に対する意識は着実に高まっている。日本経済新聞の調べによれば、2012年3月期の自社株買いと配当の合計額は5兆8330億円と2年連続で増加した。内訳は予想配当総額が前期比3%増の4兆7,000億円、自社株買いが23%増の1兆1,200億円。

連結純利益に対する配当および自社株買い実施額の比率は、2000年代半ば以降40(〜)50%で推移しており、2011年3月期は47%であった。2012年3月期は68%と大幅に上昇する見込みで株主への利益配分が7割近くに高まることになる。企業の手元流動性が潤沢なことに加え、減益でも配当維持ないし増配する会社が増加、ROEの向上を目指して自社株買いを実施する企業が増えてきたことなどがその背景にある。

今週からの決算発表で注目が集まる会社予想

4月20日頃から2012年3月期決算の発表が本格化する。投資家が興味を持っているのは、既に3四半期累計が公表済みの前期実績よりも、2013年3月期の会社予想、株主還元に対する姿勢であろう。配当金額よりも配当性向の水準と方向性、ROE向上のための自社株買いの活用、自己株消却の実施の有無、などが注目を集めよう。

現役のセクターアナリストだった時代に、日本の商社株とオーストラリアの資源メジャーであるBHPビリトンの株価パフォーマンスの違いを調べたことがある。両者とも世界的な商品価格の上昇を受けて株価は2003年から2008年までの5年間にほぼ同じトレンドでいずれも約5倍に上昇した。

しかし、2008年のリーマンショックから現在までのパフォーマンスでは大きな差が開いた。日本の商社株はその後の業績回復にも関わらず、高値から半値戻しの水準に達するのが精一杯の展開が続いている。それに対して、BHPビリトンは一時リーマンショック前の高値を上回り、その後は弱含んだものの高値から20%安とまだ高水準にある。

シクリカル業種にはレンジ型の配当性向の表明を提案

両者のパフォーマンスの差は株主還元に対する姿勢の違いと筆者は認識している。日本の商社は、世界景気低迷を受け2009年3月期、2010年3月期と2期連続の減益になった局面で、当時公表の20%前後の連結配当性向に基づいて、自動的に配当金を減額した。

一方、BHPビリトンは、2001年6月に豪BHPと英ビリトンが合併して以来、2011年6月期まで10年連続で増配を実施、10年間で配当を年間12米セントから101米セントと8.4倍に増やした。この間には、リーマンショックで前期比62%減益となった2009年6月期も含まれ、連続増配を維持するために2009年6月期の配当性向は78%とその直前期の25%から上昇した。更に同社は2005年6月期からの自社株買いの実施によって、226億米ドルを株主に返還しており、累計買い付け株数は2004年6月時点の発行済み株式総数の15%達した。

日経ヴェリタス3月18日号で三井物産の槍田松瑩会長が商社株の配当性向について論じたインタビュー記事があった。筆者は、商社のようなシクリカルな業態は、「最低25%以上、最高50%以下の範囲」という「レンジ型配当性向」を提案したい。市況業種や固定費の大きい装置産業の業績は、外部環境次第で大きく上下する。好調時の配当性向は25%でも、業績が悪化した局面でも財務体質や手元資金で問題がなければ配当性向の引き上げを検討すべきであろう。それにより、配当利回りに対する投資家の信頼度が高まり、安定した株価形成につながるとともに、実力以上に安値に放置される局面が減少してくると考える。

吉田憲一郎 プロフィール

1985年一橋大学商学部卒業後、日興證券入社。96年ソロモン・ブラザーズ証券転職後、同社が古巣と合弁で設立した日興シティグループ証券へ。2006年ゴールドマン・サックス証券入社を経て2010年日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)へ復帰し、3度目の日興入社を果たす。2010年8月〜2012年8月まで株式調査部長。
日経アナリストランキングは商社部門で1999年〜2007年と9年連続1位、同放送レジャー部門で2003年〜2007年と5年連続トップ。

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