アナリストの忙中閑話【第25回】

アナリストの忙中閑話

(2013年4月15日)

【第25回】タイムトラベルと異次元緩和、日本国債相場のパラドックス

金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙

今回のテーマは「異次元緩和」が国際金融市場へ与える影響

「債券ストラテジストが語る映画と世界情勢」シリーズ2013年度第1号は、日本銀行が4月4日に導入したいわゆる「次元の異なる金融緩和」が国際金融市場へ与える影響をテーマとして取り上げたい。

日銀は「量的・質的金融緩和」を導入

4月4日に日本銀行は「量的・質的金融緩和」を導入した。

黒田日銀総裁は4日の金融政策決定会合の記者会見で同政策を「次元の異なる金融緩和」ないしは「次元の違う金融緩和」と表現した。実際、日銀は消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定目標」を2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現するため、マネタリーベース及び長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買い入れの平均残存期間を2倍以上に延長するなど、今回の金融緩和はかつてない試みだ。

新聞・テレビ・雑誌等の報道では、字数に制約があることから、最近は「異次元緩和」と表現、欧米のメディアは、「ヘリコプター・クロダ」と表現している。黒田日銀の政策はヘリコプターから札束を撒くようなものだと言う意味である。

「異次元緩和」はSFによく出て来る用語

但し、通常、「異次元」という言葉は、経済用語として使われることとは稀であり、金融政策用語という意味で掲載されたのは今回が初めてではないだろうか。

「タイムトラベル」を題材にした映画

一方、小説や映画の世界ではポピュラーな用語であり、SF(サイエンス・フィクション)の分野では必須用語と言えよう。

特に異次元が登場する舞台が「タイム・トラベル」の世界である。

ジュール・ヴェルヌと並んで、「SFの父」と呼ばれるハーバート・ジョージ・ウェルズ(H.G.ウェルズ)の代表作でもある「タイムマシン」が1895年に発表された後、タイムトラベルの概念が広まり、その後のSF小説・映画では、しばしば登場するようになった。

ウェルズのタイムマシンは、時間を加速したり巻き戻す仕組みだったが、現代のSFでは異次元空間やワームホールを利用するものが主体となっている。

最近封切られた作品でも、タイムトラベルを題材として使っているものがある。ブルース・ウィルス主演の「LOOPER/ルーパー」(日本公開2013年1月)や2012年公開のウィル・スミス主演の「メン・イン・ブラック3」など。邦画では、昨年大ヒットを飛ばした阿部寛主演の「テルマエ・ロマエ」だ。

但し、タイムトラベル物で有名なのは、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」3部作、「ターミネーター」シリーズ、「スタートレック」シリーズの一部、「スーパーマン」シリーズの一部、等だろう。

邦画では、「時をかける少女」や「戦国自衛隊」等が有名で複数作品が作られているが、筆者は後ほど述べる理由から、「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」(2007年2月公開)をお薦めしたい。偶然だが主演は「テルマエ・ロマエ」同様、阿部寛だ。

祖父のパラドックス

ところで、タイムトラベル物ではつきもので、最大の課題でもあり、テーマともなるものに、「タイムトラベルのパラドックス」というものがある。その中でも代表的なものが、「grandfather paradox(祖父のパラドックス)」だ。我が国では、やや物騒だが「親殺しのパラドックス」とも呼ばれる。

ある人Aがタイムトラベルをして、Aの祖父BがBの子供をつくる前に死なせた場合、未来はどうなるかという問題である。祖父に子供がいなければ、孫も生まれない訳だから、祖父を死なせることはできないこととなる。この矛盾に対し、SFでは幾つかの解決策を示している。①歴史を改変する事は可能であり、この場合Aも即時に消滅する、②歴史を改変する事は不可能であり、Bを死なせることはできない、逆に言えば、死ぬ運命にある人を生かすこともできない、③歴史を改変する行為により、その世界が消滅する、④タイムトラベルした途端に異次元ないし別の宇宙に飛ばされるため、その世界での過去の歴史を改変しても、Aが本来存在した世界の歴史は変えられない、などだ。

こうした矛盾があるため、科学の世界でも、タイムトラベルは不可能だという説と一定の前提の下で可能という説がある。

なお、映画「猿の惑星」等で出て来るいわゆる「ウラシマ効果」は、高速に近いスピードで移動した場合は時間の進み方が遅くなるというアインシュタインの特殊相対性理論に基づくもので、未来や過去にタイムトラベルできるという話ではない。

パラドックス、ジレンマと矛盾

パラドックス(paradox)の語源は、ギリシャ語のpara(反する)とdoxa(説)から由来しているようだが、日本語では逆説と訳されていることが多い。数学的には厳格な定義があるようだが、日常生活では一見間違っているようで正しいことや、正しいようで矛盾している場合に使われることが多い。同じような意味で、ジレンマという言葉もある。

ジレンマ(dilemma)とは、やはりギリシャ語の2つ(di)の仮定・前提(lemma)が語源であり、相反する二つの前提の間で板挟みになる状況を表している。

ちょうど、「矛盾(むじゅん)」に相当する言葉だ。矛盾は、「韓非子」の一篇「難」に基づく故事成語であり、「どんな盾も突き通す矛」と「どんな矛も防ぐ盾」を売っていた楚の男が、客から「その矛でその盾を突いたらどうなるのか」と問われた逸話に基づく。最近は、「矛盾(ほこ・たて)」というテレビ番組が、どんな衝撃にも耐える壁と、どんな壁もこわす機械といった対決話を毎回放送し高視聴率を集めているようだが、勝敗がよくわからない対決、実力が拮抗している対決は、スポーツでも注目を集め、多額のファイトマネーが動くことも多い。

異次元緩和を受けて、円安・株高が進行、債券相場は乱高下

今回、なぜ、パラドックスやジレンマの話を特集しているかというと、安倍政権と黒田日銀総裁が打ち出したデフレ脱却策もややそうした趣があるからだ。

冒頭に説明した日銀による異次元緩和の骨子は、マネタリーベース(主に日銀券と日銀当座預金の合計)を2012年末の138兆円から2014年末に2倍の270兆円とし、長期国債の保有額も2012年末の89兆円から2014年末には2倍の190兆円とすることだ。これにより、金利低下やポートフォリオリバランス効果等によって、民間金融機関等が国債主体の運用から、貸出や株式、国際分散投資の拡大を図り、企業も設備投資、個人も消費や住宅投資等を活発化させることで、市場や個人のインフレ期待を高め、2年で物価が前年比2%上昇する経済になることを後押しする政策と言える。

この政策が打ち出された4月4日以降、為替相場では円が大きく売られ、株式相場も急騰し、その流れはその後も続いているが、債券相場は複雑な反応を示した。

長期金利は、4月5日朝方に一時、我が国のみならず、世界でも史上最低金利となる0.315%に低下した後、午後には0.620%に急騰した。その後も、長期金利は乱高下が続いている。

日銀は2013年度、国債の純増額以上を買入れる方針

異次元緩和に伴う日銀が購入する利付国債の金額は年間で約90兆円。これは、財務省が2013年度に発行する利付国債総額の7割弱に相当する。しかも、日銀は2013年度中に利付国債の残高を約50兆円増やす計画だが、財務省の見通しでは、2013年度中に増加する普通国債及び復興国債の残高は40兆円弱に過ぎない。

つまり、日銀以外の経済主体は、全体で10兆円程度利付国債の残高が減少する計算となる。
これだけの勢いで日銀が国債を買ってくるのだから、国債の価格が上がる(金利は低下する)のは当たり前だが、日本国債投資を生業としてきた金融機関等にとっては、複雑な心境だろう。

日本国債投資のジレンマ

異次元緩和は、今後2年間の日本国債投資において、大きな制約、それこそ「ジレンマ」を抱え込ませることとなりそうだ。

2年後に物価が前年比で2%上昇していることとなれば、当然ながら長期金利も2%程度に上昇するはずだ。目標達成で異次元緩和が終了するば、国債買入も停止され一段と上昇する可能性がある。ちなみに、2014年度は消費税が5%から8%に引き上げられる予定のため、2014年度末の消費者物価は前年比で4%程度に上昇することとなる(増税分が2%程度寄与)。

安倍首相・黒田日銀総裁の政策の実現性が高いと想定するならば、2年間で国債保有残を徐々に減らし、日銀当預での運用と国際分散投資に切り替えるべきであろう。

一方、2年で2%の物価目標達成などの政策の実現可能性を低いと想定するならば、日銀の国債買入増という需給タイト化要因にのみ目を向け、当面は国債残を拡大し、平均年限を長期化するという選択肢もあろう。4月5日午前の債券相場の反応は後者のシナリオに乗る動きとも言える。

但し、長期金利の急低下により、ほぼ全ての国内金融機関の資金調達原価を大幅に割り込むことで、日本国債投資のインセンティブを弱めることとなる。国内金利の低下と金融緩和の長期化観測は円安観測にも繋がり、海外投資家にとっても日本国債投資にとっても逆風となる。

結果として、国内金融機関や個人投資家に対し、国際分散投資拡大圧力を高めることとなり、海外投資家にとっても、円安メリットを享受できるヘッジ付き日本株式投資等の拡大要因となる。

筆者は、異次元緩和の導入によって、当面、円安・株高は継続し、不動産価格も都市部主体に上昇傾向に転じる可能性が高まったと考えている。

1980年代後半のいわゆるバブル局面における「過剰流動性相場」、「金融相場」では、債券高、株高、不動産高が一定期間、併存した後、債券価格(ピーク1987年5月)、株価(1989年12月)、不動産価格(1991年9月)の順にピークアウトすることとなっている。

その過程で、長期金利(残存約9年の第89回債)は1987年5月には一時2.55%と当時の公定歩合(2.50%)に0.05%まで近接することとなった。

なお、消費者物価の前年比上昇率のピークは、1990年末から1991年初に訪れており、首都圏の不動産価格のピークとほぼ同じタイミングとなっている。

筆者は、背景に資産毎の流動性の差とともに、機関投資家主体のマーケットか、個人も含めたより投資家層の広いマーケットかといった違いがあったと考えている。

当時も現在も、債券市場は金融機関などプロのマーケットである。個人投資家等の参入は僅少だ。日銀の金融政策への感応度も強い。当時の金融緩和は利下げと資金供給の拡大、今回は国債の買入拡大が主体であることから、国債需給的にも、まずは長期金利が急低下するのは自然な流れである。

また、企業業績や実体経済の動向、景気循環的にもタイムラグが生じることは、ある意味当然である。1980年代後半も、企業業績の改善は金融緩和と円高進行の鈍化ないし円安反転局面で結果生じていることから、金融相場から業績相場へ移行する過程では、もう一段の株価上昇の余地が生まれた。また、不動産価格の持続的上昇のためには、住宅ローン金利の低下とともに、雇用環境の改善や賃金上昇(少なくともその期待)が生じる必要があるが、賃金等は遅行指標のため、不動産価格はよりピークアウトのタイミングが遅れたと考えられる。

実際、日銀は1989年には5月を皮切りに、公定歩合(当時)を3回引き上げたが、引き上げ後も暫くは、株価・不動産価格ともに上昇トレンドを持続している。日経平均株価の史上最高値は1989年12月29日につけた3万8,915円87銭である。

当時の状況を知るには前述の「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」を鑑賞頂くのが手っ取り早い。

今後、資産価格や消費者物価が上昇していくと、本来の国債相場のフェアバリューの水準は下落(金利上昇)するはずだが、日銀の買入により、時価が高止まりすることで、フェアバリューとは時価が一段と乖離しやすくなる。結果、流動性が低下するとともに、国債入札時等の変動率が高まりやすくなり、VaR管理上も日本国債投資はハンドリングが困難となることも想定される。

5日午後の債券相場の急落は、流動性の欠如がもたらした可能性が高い。

米国の国債価格支持政策

今回の異次元緩和にやや似た政策として、FRBが第2次世界大戦中の1942年から1950年代初頭まで実施していた、いわゆる「国債価格支持政策(Pegging Operation)」がある。

同政策導入の歴史的背景は以下の通りだ。
戦時国債の大量発行によって、第2次世界大戦中、米国債の残高は、5倍以上に拡大、米国の民間及び公的部門の全債務の約6割を占めるに至った。

1945年当時、米国債の約4割は商業銀行が保有しており、その一方で、商業銀行が保有する米国債の残高は総資産の約6割を占めていた。

そうした環境下で米国債の価格が下落すると、国家財政のみならず、金融システム、国民経済へ多大な悪影響をもたらすこととなる。

国債価格支持政策下での米長期金利と国債保有構造の変化

その結果、戦時下の経済から平時の経済へ移行する過程で、「国債価格支持政策」が導入されることとなり、FRBが米国債を買い支えることで、1942年から1951年までの10年間、償還期間1年以内の財務省証券の利回りは、ほぼ1.25%以下、長期金利もほぼ2.5%以下に抑制されることとなった。

米国債の最大の保有主体も、米商業銀行から中央銀行へシフトすることとなり、米商業銀行の最大の保有資産も、国債に代わって、貸出に回帰することとなった。

但し、国債価格支持政策は、平時経済においてインフレの高進を招くとともに、インフレ抑制のため課せられていた民間銀行向けの高率の預金準備率が、銀行業界の収益を圧迫したことから、導入時とは逆に、国民経済や金融業界等からの要請により、同政策は撤廃されることとなった。

その際、米国で1951年に財務省とFRBとの間で結ばれたものが「Treasury-Federal Accord」と呼ばれるものである。

政策の実現可能性をどう見るかで、運用スタンスが大きく変化することに

2013年度は、安倍政権と黒田日銀が掲げる政策目標の実現可能性をどう見るかで、日本国債を含む有価証券投資のスタンスは、各投資家毎に大きく変わることとなりそうだ。
また、今後の資産価格や経済指標の動きによって、政策に対する市場や有権者の信任度も大きく変化することとなろう。

一方、グローバル化した経済・金融市場においては、海外要因からも好悪両面の影響を受けることが想定される。

また、金融緩和と財政出動だけでは、1980年代後半の日本経済、株価、不動産価格のように、最終的には「泡」のように弾ける可能性も否定できない。

日銀の異次元緩和が政策目的を達した時が、次の政策課題が浮上する局面か

少子高齢化と企業の多国籍化が進展し、貿易収支の赤字恒常化が懸念される現在では、バブルが破裂した1990年代以上にその弊害は大きいと考えられる。

今後は、今回の株高等をバブルで終わらせないために、「次元の異なる成長戦略」や「次元の異なる人口政策」によって、国力を再生し、実体経済を拡大させていくことが必要となりそうだ。

何れにせよ、日本国債の運用担当者を主体に債券市場参加者にとって、少なくとも向こう2年間は悩ましい展開が続く可能性が高いと考えられる。

2年後、異次元緩和の成果はどのようになっているのだろうか。

2%の物価目標が達成されない場合、再度、国債残を積み増すのだろうか?

一方、2%の物価目標が達成されたとして、その時に、物価上昇や円安が止まらなくなったような場合はどうするのだろう。金利の引き上げや国債の売却は国債市場の暴落を引き起こす可能性も想定される。

異次元緩和の政策目的を達した時には、現在以上の政策課題が浮上しているかもしれない。

末澤 豪謙 プロフィール

末澤 豪謙

1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。日経債券アナリストランキング、14年連続10位内ランクイン。日経財政アナリストランキング2位(2004年〜2006年)。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。

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