アナリストの忙中閑話【第38回】

アナリストの忙中閑話

(2014年8月25日)

【第38回】瀬戸内で大雨、大規模土砂災害発生、エボラ出血熱が史上最大規模のアウトブレイク、「ルパン三世」実写版公開

金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙

本コラムの主要テーマは「アナリストが語る映画と世界情勢」だが、最近は異常気象や地政学的リスクにまつわる話題が中心に

本コラムは、主要テーマを「アナリストが語る映画と世界情勢」としている。
然るに、最近は、異常気象や地政学的リスクにまつわる話題が多い。あえて取り上げている訳ではないのだが、経済や金融市場には、さしたる影響がないと思われる変な記者会見等を除けば、大災害や国際紛争が毎月のように発生するため、結果的にそうなっているのだ。

中四国地方の気象は昨年と今年で真反対に、広島市北部で過去最大級の土砂災害が発生

ちょうど1年前の本コラムでは、猛暑を題材に、「【第27回】猛暑と映画、事実は小説より危なり」を書いたが、中四国地方の気象は昨年と今年では真反対となっている。
2013年8月12日には高知県四万十市で、国内観測史上最高となる41.0度を観測した。背景には空梅雨とフェーン現象があった。
対して今年は、中四国の瀬戸内では大雨が降り続き、広島市北部では20日、死者52名・不明者28名(8月25日午前段階)の被害となった国内では過去最大級の土砂災害が発生した。

まずは、被災者の皆様には心からお見舞いを申し上げたい。
今回の広島の土砂災害は、地質や集中豪雨の影響が指摘されているが、従来の常識では説明できない部分もある。
避難指示や避難が遅れた背景にも、行政サイドや被災者自身もここまで大きな土砂崩れが発生するとは予想していなかったからでないか。

気候変動を前提とした災害対策が必要に

お盆には、筆者も実家の香川県高松市に帰省していたのだが、気象ニュースを見て、今年の夏は異常だと感じていた。
第27回号でも述べたが、四国の香川や愛媛、本州の岡山や広島など瀬戸内海に面する地方の気候は雨や雪の少ない瀬戸内式気候だ。南側は四国山地と讃岐山脈が、北側は中国山地に阻まれるという地形条件がこの気候をもたらすこととなっている。特に、夏の少雨は有名で、日本全国でも瀬戸内が最も夏の日照時間が長い。
ところが、高松市の今年8月上旬の降水量は平年の約11倍。中旬以降も天候不順が続いているが、この状況は瀬戸内地方全般でみられる。台風12号及び11号の影響が大きいのだが、地球温暖化の影響も否定できない。
今年の夏は、ここまで、西日本で気温が低く、特に、九州や中四国で大雨が降り続いているのに対し、関東地方では猛暑となっているが、背景には、偏西風の蛇行がある。
偏西風が西日本で南下、東日本で北上しているため、太平洋高気圧の張り出しが関東に拡がっている一方、関西や東北・北海道では前線が位置し、大雨をもたらすこととなっている。
偏西風の蛇行は、近年、深刻化してるが、背景には、地球温暖化の影響で、北極海の氷の量が減り、極渦が不安定化していることが挙げられる。
今回、土砂災害が発生した広島市北部は花こう岩が風化してできた「まさ土」という地質が広がっている地域だ。「まさ土」は水分を多く含むと劣化しやすいため、大雨による崩落が起きやすいとされる。
「まさ土」は、広島県のみならず、岡山県や愛媛県、香川県等瀬戸内沿岸地域に多く分布している。従来、あまり問題視されなかったのは、少雨の気候条件があったと考えられるが、地球温暖化の影響等で、今年のように平年の10倍の雨が今後も降ることを想定すると従来の常識は通じないと言えそうだ。
気候変動を前提とした全国的な土砂災害対策の見直しが急務だろう。

エボラ出血熱が西アフリカで史上最大規模のアウトブレイク、4カ国で非常事態宣言

一方、WHO(世界保健機関)や米疾病対策センター(CDC)によると、現在、西アフリカでは、史上最大規模のエボラ出血熱のアウトブレイク(集団発生)が続いているとのことだ。
CDCは7月31日、米国民に対し西アフリカのシエラレオネ、ギニア、リベリアへの渡航注意情報を最高レベルの3(警戒、不要不急の渡航を中止)に引き上げた。3カ国のうち患者数が最も多いシエラレオネでは、7月31日、コロマ大統領が非常事態宣言を発令した。
非常事態は、8月6日には、リベリアのサーリーフ大統領が、9日には、ナイジェリアのジョナサン大統領が、13日にはギニアのコンデ大統領が宣言し、患者が発生している西アフリカ4カ国全てで発令された。

図表1: エボラ出血熱の発生状況(8月20日時点)

エボラ出血熱(EVD)の概要

WHOによると、エボラ出血熱(正式名称:エボラウイルス疾患Ebola virus disease: EVD)は、人においては重篤な症状を示し、アウトブレイクでは、死亡率は90%にも達する。
EVDの自然宿主はオオコウモリであると考えられている。EVDは、主に、アフリカ中部と西部の熱帯雨林に近い僻村(へきそん)で発生し、ウイルスは野生動物から人に感染し、人−人感染によって広がる。
重症患者は集中的な支持療法が必要であり、認可された治療法やワクチンは、人にも、動物にもない。
エボラは、1976年の同時期に、スーダンのンザラとコンゴ民主共和国のヤンブクの2カ所で初めて発生。後者は、エボラ川の近くの村で発生し、疾患名は川の名前にちなんで名づけられた。
エボラは、感染した動物の血液、分泌液、臓器、その他の体液に濃厚接触することにより感染する。アフリカでは、熱帯雨林の中で発見された、感染して発症または死亡したチンパンジー、ゴリラ、オオコウモリ、サル、森林に生息するレイヨウ、ヤマアラシを扱ったことによって感染した事例が記録されているとのこと。
その後、感染した人の血液、分泌物、臓器、その他の体液に直接接触(創傷皮膚や粘膜を介して)することにより、またそのような体液などで汚染された環境への間接的な暴露で人−人感染が起こり、地域での感染が拡大する。
EVDは、重症急性ウイルス性疾患で、しばしば、発熱、激しい衰弱、筋肉痛、頭痛、咽頭痛が突然現れることが特徴。これらの症状に続いて、嘔吐、下痢、発疹、腎障害、肝機能障害がみられ、内出血と外出血がみられることもある。検査所見では、白血球の減少、血小板の減少、肝臓の酵素の上昇がみられる。
潜伏期間(感染から発症するまでの期間)は2日から21日。
EVDに対する認可されたワクチンはなく、数種類のワクチンの試験が行われているが、実用化されていない。

今回のアウトブレイクは過去最大規模だが、効果的な薬剤の開発に成功した可能性も

1976年以降、確認されただけでも24回程度、EVDのアウトブレイクが報告されているが、今回は、既に患者数が2,600人を超えており、死亡者も1,427人(8月20日時点)と過去最大規模となっている。
8月に入り、EVDの報道が増えたのは、リベリアのエボラ出血熱治療センターに勤務していた米国人2人(男性医師と女性支援ワーカー)がEVDに感染、米国に移送、治療されたことが挙げられる。
当初2名とも重篤だったが、米医薬品メーカー、マップ・バイオファーマシューティカル社が開発中の薬剤「Zマップ」がリベリアで投与された後、回復に向かい、既に2名とも緊急搬送された米国の病院を退院した。
同薬剤のEVDへの効果が確認されれば、パンデミック(大流行)のリスクは相当程度軽減されるとみられるが、既に在庫は尽きた模様であり、今後、大量生産と西アフリカへの無償供与のための国際的な協働が必要であり、今後の動向に注目したい。

映画「アウトブレイク」

なお、ダスティン・ホフマン主演で1995年に封切られた米映画「アウトブレイク」は、エボラ出血熱のアウトブレイクの可能性を題材としたものだ。
映画では、ザイールのモターバ川流域で原因不明の出血熱が流行。モターバウイルスと名づけられる。同ウイルスがその後、米国に持ち込まれ、アウトブレイクするというストーリーだ。
実際、今回、WHO等は、エボラ出血熱に関して、過去最大規模の「アウトブレイク」との表現を使っており、当時の映像が鮮明に蘇ることとなった。

新興感染症とSARS

国立感染症研究所(NIID)では、最近新しく認知され、局地的にあるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症として、2012年以降、初めて探知・報告され、不明な点が多い中東の中東呼吸器症候群(MERS)や中国の鳥インフルエンザA(H7N9)、SARS(重症急性呼吸器症候群)、ウエストナイル熱などとともに、エボラ出血熱を例示している。

このうち、SARSに関しては、2003年にアジア地域で大流行し、累積報告患者数は8,000人を超え、死亡者も800人を超えた。
当時も3月20日のイラク戦争開戦とともに、観光・運送業を主体とした景況感の大幅悪化、金融市場におけるリスク回避志向を強める要因となったが、今回はどのような影響が予想されるだろうか。
感染した後の死亡率は、SARSの10%弱に対して、EVDは90%にも上るとされる。但し、SARSも発生当初は、もっと大きな死亡率が見込まれていたが、早期発見、治療により、最終的な死亡率は10%以内に収まっている。
当時は、中国政府が5月の黄金週を前に、本格的な対策に乗り出したことが功を奏し、気温の上昇とともにSARSも2003年夏にはほぼ終息することとなった。
EVDの場合も、現時点では、死亡率は70%程度に低下しているとのことであり、早期発見、治療開始とともに、隔離による感染防止が急務と言えそうだ。
また、西アフリカ諸国は経済的には発展途上にあることから、国際的な支援が必要だろう。

短期的には、西アフリカ3カ国における「封じ込め」が成功するかどうかがポイント

試験投与されている米国やカナダの製薬会社の薬剤、また、開発中の我が国の製薬会社の薬剤が効果を発揮することを期待したいが、当面はリスクも大きい。アフリカ最大の人口を誇るナイジェリアでも患者数が増えつつあることだ。
同国最大の都市、ラゴスで感染が報告された患者は、リベリアで感染し、航空機で搬送された米国籍の患者の治療にあたっていた医師らだが、SARS同様、現在では、ウイルスが航空機等によって、短時間で世界的にコンテイジョン(感染)することが可能となっている。
まずは、西アフリカ3カ国における「封じ込め」が成功するかどうかが短期的なポイントと言えそうだ。

中期的には、国際的な協働によるワクチンの開発、大量生産、供与が重要

過去、アフリカに患者が限られていたこともあり、製薬会社はワクチンの開発に熱心でなかったが、今回、国際的な協働により、早期にワクチンを完成、大量生産し、アフリカ諸国等に供与することができるか否かが、中期的には重要と言えそうだ。

今後数年間が、地政学的リスクとパンデミックによって、歴史に刻まれることのないよう、人類の英知に期待

それにしても、新型ウイルスのパンデミックは、過去の例をみると、7月号でも指摘した第一次世界大戦におけるスペイン風邪、イラク戦争時のSARS等、地政学的リスクが高まった時に発生することが多い。
実際、戦争となれば、予防も治療も不十分になることから当然とも言えるが、2014年及び、今後数年間が、地政学的リスクとパンデミックによって、歴史に刻まれることのないよう、人類がその英知を発揮するよう期待したい。

高齢化により、国内でも映画産業が復興?

筆者は、試写会を含め年間100本近く、新作映画を映画館で見るが、メンバーとなっている映画館(シネマコンプレックス)の鑑賞本数ランキングは100(〜)200位で、全く順位が上がらない。
今月、夏季休暇中の平日の昼間、数本見たことで、理由がわかった。平日の昼間はお年寄りが多いのだ。
猛暑や天候不順でも、映画館の中は快適だ。映画館も、夫婦50割引(夫婦2名で2,200円程度)に加え、シニア割引料金を設け、60歳以上なら一人でも割引料金(1,100円程度)で鑑賞ができる。
筆者以上の世代では、若い頃は、テレビや映画、漫画が娯楽の王様であり、映画ファンは多い。1947年から1949年生まれの団塊世代が今年の12月31日には全て65歳以上となり、リタイヤする人も増える。
シニアの映画鑑賞は、今後も拡大傾向が続きそうだ。

ワールドワイドでの展開には、アニメの実写版での成功が不可欠

ルパン三世

(C)2014 モンキー・パンチ/「ルパン三世」製作委員会

そうした、シニアや筆者のような漫画世代の需要を当て込んでか、今週末の30日には、モンキー・パンチ氏原作の「ルパン三世」の実写版が公開される。
キャストは、ルパン三世役に小栗旬さん、次元大介役に玉山鉄二さん、石川五ェ門役に綾野剛さん、峰不二子役に黒木メイサさん、銭形警部役に浅野忠信さんと豪華俳優陣が揃った。
ちなみに、ルパン三世の実写版の第1作は、1974年に「ルパン三世、念力珍作戦」として公開されており、2003年頃には、米ハリウッドで実写版が製作されるとの報道があったが、こちらは映画化権の取得のみに終わったようだ。
原作の漫画やアニメの人気が高いほど、実写化のハードルは逆に高いとも言える。今回の作品もルパン三世ファンほど、キャストの人選等に一言ありそうだが、我が国の映画産業の復興には、実写化による興行の成功は欠かせないとも言えそうだ。
米ハリウッド映画の歴代世界興収ランキングの上位10位のうち、3位の「アベンジャーズ」、6位の「アイアンマン3」、7位の「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」、10位の「ダークナイト ライジング」の4つはアニメの実写版である。
2014年の米国の興収ランキングでは、現時点で上位5位のうち4つがアニメの実写版となっている。
我が国ではアニメコンテンツも多く、そのファンは世界中に存在する。国内での実写版の興行の成功と、今後ワールドワイドで通用する実写版の製作は、本邦映画界の将来がかかっているとも言えそうだ。
実写版「ルパン三世」は、海外での興行も意識してか、外国人俳優やスタッフを多用、タイ等海外ロケも敢行しており、英語のセリフも多い。
また、8月4日に東京国際フォーラムで開催されたワールドプレミアや8月25日開始の「山手線ジャック」含め、広告宣伝もハリウッド路線で実施している。
今後、アジアをはじめ、世界10数カ国での上映が決定しているとのことであり、ルパン三世ファンとしても、成功を祈りたい。

末澤 豪謙 プロフィール

末澤 豪謙

1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。同投資戦略室長、大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。

このページの関連情報