アナリストの忙中閑話【第66回】

アナリストの忙中閑話

(2016年11月17日)

【第66回】レディ・ファーストよりアメリカ・ファースト、申に続き酉も騒ぐ展開?人気映画の新シリーズやスピンオフ作品相次いで公開

金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙

今年は「まさか」の多い年に

「人生には上り坂もあれば下り坂もあります。もう一つ坂があるんです。『まさか』という坂であります。」と述べたのは小泉純一郎元首相だが、今年は『まさか』が多い年となった。

11月8日の米大統領選ではトランプ氏がクリントン氏を破り勝利

11月8日に投票が行われた米大統領選は、民主党候補のヒラリー・クリントン前国務長官(69歳)と共和党候補で不動産王のドナルド・トランプ氏(70歳)の大接戦となったが、最後は、スイング・ステートの大票田であるフロリダ州(選挙人数29人)、ペンシルべニア州(20人)、オハイオ州(18人)、ノースカロライナ州(15人)、ウィスコンシン州(10人)を制したトランプ氏が、大統領選挙人を290人(16日現在)と過半数(270人)以上を獲得、世論調査やマスコミ等の予想と異なり、逆転勝利となった。他方、クリントン氏が獲得した選挙人10人以上のスイング・ステートは、民主党副大統領候補のティム・ケーン上院議員(元知事)お膝元のバージニア州(13人)のみとなり、選挙人も232人(同)にとどまった。未定はミシガン州の16人(上記はCNN調べ)。

得票率ではクリントン氏が47.9%と、トランプ氏の47.1%を上回ったが(16日現在)、最終的に、米国民は、「女性初の大統領」よりも、「アメリカ・ファースト」を掲げる「政治家・軍人歴のない初の民間人大統領」を選択することとなった。

今回の選挙戦はやや誇張して言えば、共和党対民主党の戦いというよりも、白人対マイノリティの戦い

今回の選挙戦は、やや誇張して言えば、共和党対民主党の戦いというよりも、白人対マイノリティ(注1)の戦いの様相を呈した。これは、CNNの実施した出口調査からも明らかである。筆者はかねて、2016年米大統領選を「シビル・ウォー」(注2)と称していたが、実際の投票行動もその傾向が強く表れている。
(注)1.米国勢調査では、ヒスパニック系を除く白人以外をマイノリティと位置づけている。2.「シビル・ウォー」は通常「内戦」を意味するが、米国では「南北戦争」も意味する。

男性・白人・高齢者はトランプ氏に、女性・マイノリティ・若者はクリントン氏に投票

全米では男性はトランプ氏に、女性はクリントン氏に多くが投票したが、白人男性は63%が、白人女性も53%がトランプ氏に投票しており、男女差よりも、人種の差が大きいことがわかる。

一方、年齢別では、若者はクリントン氏、高齢者はトランプ氏に投票しており、英国のEU離脱を巡る国民投票(若者は残留、高齢者は離脱支持)と似たような結果となった。

大学卒以上はクリントン氏支持が、大学入学レベル以下はトランプ氏支持が多いが、低所得者はクリントン氏支持、高所得者はトランプ氏支持となった。一見、矛盾したように見えるが、クリントン氏支持者は、若年層とマイノリティが多いため、学歴は高いものの、所得水準は相対的に低く出ているとみられる。

10月28日のFBIによる捜査再開がなければ、クリントン氏は逃げ切っていた可能性

スイング・ステートの勝敗と出口調査の内容を総合すると、クリントン氏の敗北は、クリントン氏優勢とみられていた白人比率の高いスイング・ステートに存在する白人の隠れトランプ支持者の数を甘く見積もっていたことと、黒人やヒスパニック等マイノリティの投票率が予想ほど上がらなかったことが要因とみられる。

但し、それでも、大票田のフロリダ州やミシガン州、ペンシルべニア州、ウィスコンシン州は極めて接戦で終わっているため、10月28日のFBIによる捜査再開がなければ、クリントン氏は逃げ切っていた可能性が高そうだ。FBIは投票日直前の11月6日に不訴追を決めたものの、クリントン氏自身も認めているように、あまりにも再捜査期間が短かったことで、逆に疑念を招き、投票先を決めかねていた白人の有権者の多くをトランプ氏に向かわせたようだ。

ラストベルトのウィスコンシン州が典型

特に、その影響が最も大きかったのがウィスコンシン州だろう。ウィスコンシン州はスイング・ステートの一角だが1984年の大統領選で共和党候補のレーガン氏が勝利した後は民主党候補が制してきた。今回、民主党の敗北は32年ぶり。また、ミシガン州もブッシュ氏が勝利した1988年の選挙後は民主党が制してきたが、現時点でトランプ氏が優勢となっている。自動車の町デトロイトを擁するミシガン州はオバマ政権下で多額の公的支援等を行ったが、その効果は既に薄れていたようだ。

今回、ラストベルト(さびついた工業地帯)と言われる地域のスイング・ステート、具体的にはオハイオ州、ウィスコンシン州、ペンシルベニア州、ミシガン州(未確定なるもトランプ氏優勢)でトランプ氏が勝利したことは、トランプ新政権の政策にも大きな影響を与える可能性があろう。

ラストベルトの白人が潜在的に抱いていた不安・不満を顕在化させたことに加え、FBIの捜査再開で深めの外野フライがホームランとなったことがトランプ氏の勝因

トランプ氏に本気で再選の意向があるか否かは不明だが、それらのスイング・ステートでトランプ氏が支持されたのは、強硬な移民政策や保護主義的な貿易政策が功を奏したことは疑いようがない。

ラストベルトの白人が潜在的に抱いていた危機感・不安・不満を顕在化させたことに加え、最終盤でのFBIのメール問題を巡るクリントン氏への捜査再開が追い風となり、深めの外野フライがホームランとなったことがトランプ氏の勝因か。そういう意味で、FBIのコミー長官は初代のフーバー長官同様、歴史に名を残すこととなりそうだ。

2017年1月20日にトランプ氏は第45代米国大統領に就任、上下両院とも共和党が多数派維持、知事選は共和党勝利

今後、12月19日に大統領選挙人による投票が行われ、年明け召集の第115議会で開票された後、2017年1月20日にトランプ氏は第45代米国大統領に就任する。

一方、上院は非改選議席を含め共和党52議席(現有54議席)、民主党48議席(46議席)と下院ともども共和党が引き続き多数派を維持した(速報、RCP)。下院の獲得議席は、共和党238議席(現有246議席)、民主党193議席(186議席)、未確定4議席(欠員3)(速報、RCP)。上院選は大統領選の影響を受けやすいこと、下院はゲリマンダリングが影響したものと考えられる。

12州で行われた知事選は、16日時点で、共和党が民主党から3州を奪取、全米での共和党知事は33人に達した。民主党は15人。未確定はノースカロライナ州(現職は共和党)、他に無所属1。(同)

番狂わせのトランプ氏勝利を受けて、東京金融市場は大変動

英国のEU離脱を巡る国民投票の「デジャブ」のような番狂わせの大統領選の結果を受けて、9日の東京金融市場では、円高・株安・債券高が進行した。この流れは、海外市場でも暫く続いたが、米国市場では大型減税、大型財政出動、規制緩和等を掲げるトランプ氏の公約が再評価され、株高、長期金利急騰、ドル高に転換、10日以降は、本邦市場でも、株高、円安となり、長期金利も16日にはプラス圏に上昇した。

トランプ氏の政策は基本的に「アメリカ・ファースト」、経済・財政政策よりも、外交安全保障政策にリスク?

トランプ氏の政策は基本的に「アメリカ・ファースト:アメリカ第一主義」とも言えるもので、外交・経済両面で、「孤立主義」に近い。大型減税や財政出動を掲げる同氏の政策は、米経済や米株価には短中期的にはプラスとも考えられるが、グローバル経済の困窮は米国に跳ね返るのも事実であり、持続性には疑問が残る。

尤も、上下両院も引き続き共和党が支配することとなったが、アウトサイダーのトランプ氏と共和党主流派等との溝は深く、同氏の政策がそのまま議会で法律や予算となって実現することもなさそうだ。特に、上院は民主党が48議席確保したことで、議事妨害を覆すことは困難だ(クローチャー動議には60人の賛成が必要)。

但し、トランプ氏はオバマ大統領同様、外交面・安全保障面では米軍の最高司令官として絶大な権限を有することとなる。我が国にとっては、高率関税(38〜45%)や米軍駐留費の一段の負担問題以上に、東アジアの安全保障において、米国のコミットメントが低下するリスクの方が大きいかもしれない。特に、トランプ氏が主張する高率関税等は、我が国のみならず、中国等も対象であり、5年に1度開催される中国共産党全国代表大会を来年秋に控える中国の政治・経済リスクを高めることとならないか心配だ。

なお、トランプ氏の税制改革プランは米財政収支に対しては中立と公約では説明されているが、筆者が3月に訪れたワシントンD.C.所在の民間シンクタンク(タックス・ファウンデーション)からは、トランプ氏の公約を全て実現すると10年間で10兆ドル程度、米財政収支が悪化するとの試算が公表されている。

兜町の相場格言は「申酉騒ぐ」

2016年は、年明け早々には中国株安と原油安が重なり、6月には英国の国民投票で「EU離脱」が多数となり、11月には米大統領選でトランプ氏勝利と、株価や為替相場は変動率の高い展開が続いたが、兜町の相場格言には「申酉騒ぐ」とある。このぶんだと、2017年も注意した方が良さそうだ。

往年の人気映画の新シリーズやスピンオフ作品が相次いで公開

現実世界での疲れを癒すには、ゆったりとしたシートにもたれて、安定感のある映画を見るのも良いかもしれない。

年末に向けて、往年の人気映画の新シリーズやスピンオフ作品(派生作品、外伝)が相次いで公開される。

『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』
11月23日(水・祝)、 全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
(C)2015 WARNER BROS ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED

11月23日に国内で公開(米国公開11月18日)される『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』は、『ハリー・ポッター』シリーズの第9作目となるが、新たなシリーズの第1作目でもある。原作者J・K・ローリングさんが自ら脚本を手がけ、ホグワーツ魔法魔術学校の指定教科書「幻の動物とその生息地」の編纂者である魔法動物学者ニュート・スキャマンダーが繰り広げる大冒険を描く。

主人公ニュートを演ずるのは『博士と彼女のセオリー』のオスカー俳優エディ・レッドメインさん。『ハリー・ポッター』シリーズ5作目から監督を務めてきたデビッド・イェーツ氏がメガホンをとった。

本作の舞台は米国ニューヨーク。同地は、トランプ次期大統領の出生・居住地でもある。ニュートが探索する「魔法動物」、言い換えれば「幻獣」と、コントラクト・ブリッジやナポレオン等のカードゲームでは「切り札」を意味する米国新大統領の「トランプ」氏、「ラスボス」としてどちらが迫力があり強いかを比べるのも面白そうだ。

一方、12月16日には、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』が公開される(米国公開も12月16日)。『スター・ウォーズ』シリーズの最新作となるが、スピンオフ作品で、『エピソード4/新たなる希望』の直前を描く、アナザー・ストーリー(外伝)。

帝国軍の究極兵器「デス・スター」の設計図を奪うための反乱軍の極秘チーム「ロ―グ・ワン」に加わった女戦士ジンの物語が展開される。

『エピソード4/新たなる希望』は『スター・ウォーズ』シリーズの第1作だが、今回、最新のSFXやCGにより、新たな「デス・スター」が再現されることとなる。出来栄えに注目したい。

『スター・ウォーズ』シリーズは、第1作が1977年公開のため、中国での知名度がいまひとつだった。本作品の興収成績は昨年12月にスタートした新3部作の将来の世界興収にも影響しそうだ。

「アラカン」や「アラフィフ」にお奨めの映画

ボクの妻と結婚してください。
公開日:2016年11月5日
全国東宝系にてロードショー
(C)2016映画「ボクの妻と結婚してください。」製作委員会

邦画では、織田裕二さん4年ぶり映画主演作となった『ボクの妻と結婚してください。』をご紹介したい(11月5日から公開中)。同作品は2014年に舞台化、2015年にドラマ化もされた放送作家の樋口卓治氏による同名小説を映画化したもの。

内容は、バラエティ番組等を手掛ける織田さん演ずる放送作家の三村修治が、末期の「膵臓がん」で余命6カ月と宣告されたことで、吉田羊さん演ずる妻の彩子に向けた最後の企画として、自分が死んだ後の妻の結婚相手を探すというもの。

一見、荒唐無稽な設定とも言えるが、医学が進んだ現代でも「膵臓がん」の場合、40代や50代でも命を落とす人が多い。最近でも10月20日には、53歳の若さで、ラグビー元日本代表の平尾誠二さん(神戸製鋼ゼネラルマネジャー)が亡くなっており、絵空事とは言えない。こういう私も今年55歳と遂に「アラカン」(アラウンド・還暦)に到達したこともあり、思わず画面に引き込まれ、目頭が熱くなった。ちなみに「アラフィフ」は「アラウンド・フィフティ(50歳)」の略。

「東京ラブストーリー」とバブル

実は、私と米国のオバマ大統領の誕生年月は何れも1961年8月。8年前の大統領予備選及び本選では、自らも「頑張らなければ」と鼓舞された記憶があるが、トランプ氏は大統領就任時70歳と史上最高齢の大統領となる。仮にクリントン氏が勝利していても、ロナルド・レーガン大統領と並ぶ69歳。クリントン氏はエシュタブリッシュメント(特権階級)の代表格とみなされたことに加え、年齢的な面でも、若年層の投票率を下げ、結果的にトランプ氏に有利に働いたと言えそうだ。

織田さんは現在、テレビドラマ「IQ246〜華麗なる事件簿〜」(TBS系)にも出演している。毎週日曜の夜、面白く視聴しているが、出世作はやはりバブル期の1991年に放映されていた「東京ラブストーリー」だろう。赤名リカを演じた鈴木保奈美さんとの共演で、織田さんは「カンチ」こと永尾完治を演じた。ドラマのストーリーにマッチした小田和正さん作曲・作詞の「ラブ・ストーリーは突然に」はシングル売上270万枚となり、当時の国内CDで最大のヒットとなった。私自身もカラオケでよく歌う曲だ。

そういえば最近、「バブル」期の風情がブームになっているようだ。バブル芸人の平野ノラさんがブレークし、当時人気化したディスコの再出店が相次いでいる。但し、客層は、筆者同様、50代前後。今、バブルが人気化しているというよりは、懐古的なものだろう。

日銀が16日に公表した貸出先別貸出金・統計によると、上半期の国内金融機関による不動産業向け新規融資は5兆8,943億円と前年同期比16%増加し、上期としては、バブル期の1989年度上期を超え、過去最高の水準となった。但し、中身は相続税対策のアパート向け融資や不動産投資信託(REIT)向けなどが主体で、「東京ラブストーリー」が流行ったころとは熱気の水準は大きく異なっている。実際、当時は私自身含め就職すると借金してマイカーを購入したものだが、最近の若者で車に興味を持っているものは極めて少ない。スマホがあれば十分とのことのようだが、これでは、結婚して家族が増える可能性は低そうだ。また、将来不安からか節約志向が強いのも特徴で、個人消費の現状は捗々しくない。「バブルよ。もう一度」と願っているのは「アラカン」「アラフィフ」世代のみかもしれない。

『君の名は。』が『踊る大捜査線』を抜いて、歴代興収ランキング第7位に浮上

話を織田さんに戻すと、ハマリ役は何と言っても、「踊る大捜査線」の青島俊作刑事役だろう。「踊る大捜査線」は映画化もされ、織田さんの映画主演前作は2012年の劇場版第4作『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』だった。

実は10月まで、劇場版第2作の『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』は、興収173.5億円で、我が国の歴代興収ランキング邦画実写版1位、全体でも7位だったのだが、今月に入り8位に転落した(興行通信社調べ)。

7位に食い込んだのは、本コラム7月号で取り上げた新海誠監督の長編アニメーション『君の名は。』だ。8月26日公開の同作品は、11月12日・13日の土日2日間で約19万人を動員、興行収入2億5,900万円をあげ、累計動員1,420万人、累計興収184.9億円に達した(11月14日現在)。

国内歴代1位の『千と千尋の神隠し』の308.0億円、2位『タイタニック』の262.0億円、3位『アナと雪の女王』の254.8億円、4位『ハリー・ポッターと賢者の石』の203.0億円、5位『ハウルの動く城』の196.0億円、6位『もののけ姫』の193.0億円に次ぐが、現在の勢いが続けば、興収200億円を超え、歴代第4位あたりまで浮上することも夢ではなさそうだ。

『君の名は。』は週末興収で9週連続1位の後、一旦2位に落ちたが、その後首位に返り咲き、2週連続1位、通算11回の1位を獲得と、その底力恐るべしの展開となっている。
少なくとも、本邦映画界には「新たな風」が吹き始めているのは確かだろう。この流れを来年も継続したいものだ。

末澤 豪謙 プロフィール

末澤 豪謙

1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。同投資戦略室長、大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。

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