アナリストの忙中閑話【第93回】

アナリストの忙中閑話

(2019年2月28日)

【第93回】多様性がテーマとなった第91回アカデミー賞授賞式、英米の政治リスクは先送り

金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙

第91回アカデミー賞授賞式、30年ぶりの司会者不在でスタート

2月24日(現地時間、日本時間25日)、第91回アカデミー賞授賞式が米ロサンゼルスのドルビー・シアターで開催された。

今年のアカデミー賞授賞式は、30年ぶりに司会者不在で開催されたが、恒例となっていた司会者のオープニングモノローグの代わりに、「クイーン+アダム・ランバート」のライブパフォーマンスが行われ、会場は大いに沸いて始まった。

作品賞は『グリーンブック』、監督賞は『ROMA/ローマ』が受賞、最多受賞作品は『ボヘミアン・ラプソディ』

作品賞は『グリーンブック』が、監督賞はアルフォンソ・キュアロン氏(『ROMA/ローマ』)が受賞。最多受賞作品は、主演男優賞をはじめとする4部門を獲得した『ボヘミアン・ラプソディ』という結果になった。

『グリーンブック』

『グリーンブック』
2019年3月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
© 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

『グリーンブック』(3月1日日本公開)は第76回ゴールデン・グローブ賞でコメディ/ミュージカル部門の作品賞も受賞している。なお、日本でも大ヒット中の『ボヘミアン・ラプソディ』は同賞のドラマ部門で作品賞を獲得。

『グリーンブック』は、黒人差別が色濃く残っていた1962年を舞台に黒人の天才ピアニスト(マハーシャラ・アリ)と彼に雇われたイタリア系白人の用心棒兼運転手(ヴィゴ・モーテンセン)が黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を手に、人種差別が根強いアメリカ南部への演奏ツアーに出る物語。本作のプロデューサー、脚本を務めたニック・ヴァレロンガ氏の父の体験談に基づくもので、ピーター・ファレリー監督がメガホンをとった。アリさんは助演男優賞を、ヴァレロンガ氏らは脚本賞を受賞。

一方、自身4度目のオスカー受賞となったアルフォンソ・キュアロン監督は、同郷の盟友であり前年の監督賞受賞者のギレルモ・デル・トロ監督から発表された。

キュアロン監督が脚本・撮影も手がけた『ROMA/ローマ』は、Netflixのオリジナル映画。政治的混乱に揺れる1970年代のメキシコを舞台に中産階級の家庭に訪れる激動の1年を若い家政婦の視点から描いたドラマ。「ローマ」はメキシコシティにある「コロニア ローマ」地区を意味するとみられ、メキシコシティ出身のキュアロン監督が自身の幼少期の体験を交えながら、モノクロ映像で描いた。第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞にあたる金獅子賞を受賞。キュアロン監督は今回、監督賞と撮影賞、外国語映画賞の3部門受賞を果たした。

最多4部門の受賞となった『ボヘミアン・ラプソディ』(公開中)は、クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリー氏を演じたラミ・マレックさんが主演男優賞を受賞、他に音響編集賞、録音賞、編集賞に輝いた。

主演女優賞は、『女王陛下のお気に入り』(公開中)のオリヴィア・コールマンさんが受賞。助演女優賞は『ビール・ストリートの恋人たち』(公開中)のレジーナ・キングさんが初ノミネートで初受賞。

『女王陛下のお気に入り』は、18世紀初頭、宿敵ルイ14世のフランスと交戦中のイングランドの王室を舞台とした作品。揺れる国家と女王のアンを、彼女の幼馴染で女官長を務めるレディ・サラが操っていた。そこに、サラの従妹で上流階級から没落したアビゲイルが召使として働くことになる。サラに気に入られ、侍女に昇格したアビゲイルだったが、彼女の中に生き残りをかけた野望が芽生え始める。コールマンさんがアン女王を演じた。

『ビール・ストリートの恋人たち』

『ビール・ストリートの恋人たち』
2019年2月22日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開
配給:ロングライド
© 2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

一方、『ビール・ストリートの恋人たち』は、『ムーンライト』でアカデミー作品賞を受賞したバリー・ジェンキンス監督が、1970年代ニューヨークのハーレムに生きる若い2人の愛と信念を描いたドラマ。米黒人文学を代表する作家ジェームズ・ボールドウィンの小説「ビール・ストリートに口あらば」を映画化し、妊娠中の黒人女性が身に覚えのない罪で逮捕された婚約者の無実を晴らそうと奔走する姿を描いた。レジーナ・キングさんは主人公の母親役で出演。

また、本コラムでも取り上げた『ブラックパンサー』(2018年公開)は、ノミネートされていた7部門のうち、作曲賞、美術賞、衣装デザイン賞の3部門で受賞。マーベル・スタジオ製作の作品として、初のオスカー獲得となった。

脚色賞は、『ブラック・クランズマン』(3月22日公開)、視覚効果賞は『ファースト・マン』(公開中)、歌曲賞は『アリー/スター誕生』(公開中)の「シャロウ」が受賞。

日本からは、是枝裕和監督の『万引き家族』が外国語映画賞に、細田守監督の『未来のミライ』が長編アニメ賞にノミネートされていたが、惜しくも受賞を逃した。

『スパイダーマン:スパイダーバース』

『スパイダーマン:スパイダーバース』
2019年3月8日(金)全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ

ゴールデン・グローブ賞に続き、長編アニメ賞を受賞したのは『スパイダーマン:スパイダーバース』(3月8日公開)。ニューヨークはブルックリンを舞台に、主人公の黒人少年マイルス・モラレスがスパイダーマンとして成長していく姿を描いた長編アニメーション映画。

既に視聴したが、映像が極めて斬新で、これぞ「アメコミ」という雰囲気も。時空の異なる世界から様々な人種のスパイダーマンが集結する内容で、近年の「ダイバーシティ(多様性)」重視を象徴するような作品だ。日系スパイダーマンも登場する。

今年のアカデミー賞の特徴はダイバーシティ(多様性)

2017年・2018年と、ゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞の授賞式は、やや政治色が強かったが、今年は、冒頭の「クイーン+アダム・ランバート」のライブに加え、ブラッドリー・クーパーさんとレディー・ガガさんが『アリー/スター誕生』の挿入歌「Shallow」を映画同様、デュエットで熱唱するなど、ダイバーシティ(多様性)の重要性を芸術性や感情に訴えるイベントが多かった。受賞作品も『グリーンブック』や『ROMA/ローマ』、『ブラッック・パンサー』、『ブラック・クランズマン』、『ビール・ストリートの恋人たち』、『スパイダーマン:スパイダーバース』のように、白人以外の主人公や相互理解の重要性を説いたものが多いのが特徴的だった。

尤も『ブラック・クランズマン』のスパイク・リー監督は、ややステレオタイプの白人と黒人の関係を描いた『グリーンブック』の作品賞受賞には不満だったようだが。『マルコムX』で知られるスパイク・リー監督は、今回脚色賞で初めて作品としてオスカーを獲得した。第88回で名誉賞を受賞するも、同年の俳優部門にノミネートされた20人が全て白人だったことに抗議し、授賞式をボイコットした経緯がある。但し、今年は助演男優賞及び助演女優賞とも、何れも黒人俳優が受賞した。

主演男優賞を受賞したラミ・マレックさんも、エジプト移民で、自身が檀上であいさつしたように、「エジプト系アメリカ人の第一世代」だ。一方、同氏が演じたクイーンの「フレディはイラン系インド人で、ゾロアスター教の家庭で育つ」など同じマイノリティーとして共感したことを吐露。感極まったのかその後、ステージ上から会場席へと転倒、救急隊員の手当てを受ける一幕もあった。

なお、メキシコ出身監督の勢いには近年凄いものがある。過去6年間、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、ギレルモ・デル・トロ監督、アルフォンソ・キュアロン監督の3人で、作品賞を2本(『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、『シェイプ・オブ・ウォーター』)、監督賞を5本(『ゼロ・グラビティ』、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、『レヴェナント: 蘇えりし者』、『シェイプ・オブ・ウォーター』、『ROMA/ローマ』)受賞しており、全体の約6割を占めている。

麻薬犯罪の増加等治安の悪化やNAFTA(北米自由貿易協定)の改定等、メキシコを取り巻く環境は近年、厳しいものもあるが、ハリウッドでのプレゼンスを高めていることだけは間違いない。メキシコ人監督の中には、ギレルモ・デル・トロ監督のように、日本通の「オタク」も多い。是非、彼らに日本を舞台とした映画を撮ってほしいものだ。

アカデミー賞授賞式の視聴率は過去最低となった昨年より上昇もワースト2位、来年は「ポピュラー映画部門」新設か

なお、30年ぶりに司会者不在で行われたアカデミー賞授賞式の視聴率は過去最低となった昨年よりも上昇したようだ。放送時間は前年の4時間弱から3時間21分と短縮されたが、調査会社のニールセンによれば、今年の米国での視聴者は、2,960万人。昨年の2,650万人から12%上昇。但し、昨年に次ぐ過去2番目に低水準の記録。人気回復のため、来年には、先送りされた「ポピュラー映画部門」が新設される可能性もありそうだ。

日本関連の洋画の大作やギャグ漫画の実写作品等注目映画が多数公開

前月号で特集したように、今年は日本関連の洋画の大作に加え、邦画も注目作品が多い。2月は子ども向けのアニメ等は少ない時期だが前週末も映画館には多数の観客が訪れていた。

以下では前週末から3月中旬に公開される映画を特集。

『アリータ バトル・エンジェル』

『アリータ バトル・エンジェル』
2019年2月22日公開
© 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

前週末2月22日公開の『アリータ バトル・エンジェル』は木城ゆきと氏原作の日本のSF漫画「銃夢(ガンム)」を、ジェームズ・キャメロン氏の脚本・製作により、ハリウッドで実写映画化したアクション大作。『デスペラード』や『シン・シティ』のメキシコ系米国人のロバート・ロドリゲス監督がメガホンをとった。

時は2500年代、映画の冒頭シーンも、20世紀フォックスのサーチライトが「26世紀フォックス」に変化する。舞台となるアイアンシティは、天空に浮かぶ都市ザレムからあぶれた人々が暮らすスラム街。サイバー医師のイドがゴミ捨て場からサイボーグ少女の頭部を拾い、身体を与えて「アリータ」と名づける。彼女は大戦前の戦闘サイボーグだった。

サイボーグの「アリータ」の目は大きいが、ロドリゲス監督によると、日本のマンガに特徴的な瞳を再現したとのこと。予告編ではその大きさにやや違和感があったが、映画を観終わると、自然な感じになるのが不思議だ。『タイタニック』、『アバタ―』のキャメロン氏が手がけただけあって、映像表現は革新的。是非、続編を見たい作品。

『翔んで埼玉』

『翔んで埼玉』
2019年2月22日公開
© 2019映画「翔んで埼玉」製作委員会

同じく2月22日に公開された『翔んで埼玉』は、「パタリロ!」で知られる新潟県出身の漫画家魔夜峰央(まやみねお)氏が1982年当時に自らも居を構えていた埼玉県を自虐的に描いたギャグ漫画として発表し、2015年に復刊された「翔んで埼玉」を二階堂ふみさんとGACKTさんの主演で実写映画化。伊勢谷友介さんや京本政樹さんらビジュアル系に加え、有名俳優、有名歌手等の友情出演・カメオ出演も多数。

埼玉から東京に行くには通行手形が必要な世界。その中で埼玉県解放を成し遂げるべく戦いを挑んだ者たちの革命の物語。東京都知事の息子で、東京のトップ高校である白鵬堂学院の生徒会長を務める壇ノ浦百美は、ある日、アメリカ帰りで容姿端麗な謎の転校生麻実麗と出会う。二階堂さんが男性の百美役をGACKTさんが麻実役をそれぞれ演じた。『テルマエ・ロマエ』シリーズの武内英樹氏がメガホンをとった。

映画館でも笑いが絶えなかったが、埼玉県及び千葉県に縁にある方には特にお奨めの作品。筆者は千葉県に20年近く居住経験あり。なお、本作品に関し、上田清司埼玉県知事からは、「悪名は無名に勝る」と県公認?のお墨付きコメントを得ているとのこと。注目された埼玉での興収だが、予想外(?)の大ヒット、2月23-24日の全国の映画動員ランキングも、『アリータ バトル・エンジェル』を抑え、堂々1位となった(興行通信社調べ)。

『サムライマラソン』

『サムライマラソン』
2019年2月22日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国公開
© “SAMURAI MARATHON 1855”Film Partners

同じく2月22日に公開された『サムライマラソン』は、『超高速!参勤交代』の原作・脚本を手がけた土橋章宏氏の「幕末まらそん侍」を佐藤健さん主演で実写化。同作品は日本のマラソンの発祥と言われる史実「安政遠足(あんせいとおあし)」を題材とした小説。『ラストエンペラー』のジェレミー・トーマス氏と『おくりびと』の中沢敏明氏が企画・プロデュースを手がけ、監督を『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』のバーナード・ローズ氏、音楽を『めぐりあう時間たち』のフィリップ・グラス氏、衣装デザインを『乱』のワダ・エミ氏が担当。

ペリー来航等外国の脅威が迫る幕末の世。安中藩主板倉勝明(長谷川博己)は藩士を鍛えるため、15里の山道を走る遠足を開催することに。しかし、誤解により幕府への反逆とみなされ安中藩取り潰しを狙う刺客が送り込まれる。遠足参加中に藩の危機を知った安中藩士の唐沢甚内(佐藤健)は、計画を阻止するべく走り出す。黒澤明監督ファンのローズ監督の演出で、黒澤映画的なシーンも盛り込まれ、懐かしさを感じた。

『THE GUILTY/ギルティ』

『THE GUILTY/ギルティ』
2019年2月22日(金) 新宿武蔵野館/ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
配給:ファントム・フィルム
© 2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

やはり2月22日に公開された『THE GUILTY/ギルティ』は、「電話からの声と音だけで、誘拐事件を解決する」というシンプルな設定ながらも、第34回サンダンス映画祭では、『search/サーチ』(NEXT部門)と並び、観客賞(ワールド・シネマ・ドラマ部門)を受賞するなど話題を呼んだデンマーク製の異色サスペンス。

本コラムでも紹介したが、物語がすべてパソコンの画面上を捉えた映像で進行していく『search/サーチ』同様、異色の映画だが、両作品ともどんでん返しの結末が面白い。

『移動都市 モータル・エンジン』

『移動都市/モータル・エンジン』
2019年3月1日(金)全国公開!
配給:東宝東和
© Universal Pictures

3月1日公開の『移動都市/モータル・エンジン』はフィリップ・リーブ氏のファンタジー小説「移動都市」を『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソン氏製作・脚本で映画化した冒険ファンタジー。たった60分で文明を荒廃させた最終戦争から、数百年後。残された人類は地を這う移動型の都市で暮らす事を選択し、地上は都市同士が捕食しあう弱肉強食の世界へと姿を変えた。この荒れ果てた地は、巨大移動都市ロンドンによって支配されていた。

既に試写会で鑑賞したが、英国のロンドンの市街が動くシーンは、ブレグジット(英国のEU離脱)問題に振り回される現実世界を示唆しているようで興味深い。

3月15日公開の『キャプテン・マーベル』は、マーベルコミックの実写映画で初の女性ヒーローが主役となる作品。『アベンジャーズ』結成以前の1990年代を舞台に、過去の記憶を失った女性ヒーロー、キャプテン・マーベルの戦いを描く。後にアベンジャーズ結成の立役者となるニック・フューリーも1990年代当時の若さで登場。

なお、2018年公開の『アベンジャーズ/インフィニティウォー』のポスト・クレジット・シーンでは、フューリーが救援信号を送信した通信機に彼女の紋章が表示されている。本年4月26日公開の『アベンジャーズ/エンドゲーム』への登場を暗示か。

『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』

『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
2019年3月15日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー!
© 2018 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

同じく3月15日公開の『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』は、英国王室を舞台とした映画。時代背景は『女王陛下のお気に入り』の18世紀に対し、こちらは16世紀。

0歳でスコットランド女王、16歳でフランス王妃となったメアリー・スチュアートは、未亡人となった18歳にスコットランドへ帰国し王位に戻る。しかし当時のスコットランドは、隣国イングランドの女王エリザベス1世の強い影響下にあった。メアリーはイングランドの王位継承権を主張、エリザベスの権力を脅かす。

ケイト・ブランシェットさん主演の『エリザベス』を手がけたプロデューサー陣が、エリザベスと同時代に生きたメアリーに着目して製作。『レディ・バード』のシアーシャ・ローナンさんがメアリーを『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のマーゴット・ロビーさんがエリザベスを演じた。

3月29日の英国のEU離脱日にぶつけた訳ではなさそうだが、2月及び3月は英国絡みの映画の公開が多い。

メイ首相は26日、EUからの離脱日の延期の可能性を初めて表明

その英国のEU離脱問題は、3月から5月頃に先送りされそうな情勢だ。

2月26日は、メイ首相が議会下院で、EUとの離脱交渉の進捗状況を説明し、修正案で合意していた場合には、27日に、「2018年欧州連合離脱法:The European Union (Withdrawal) Act 2018」に規定された離脱協定の批准手続きである「meaningful vote(意味のある投票)」の採決を行うこととなっていた。但し、ここまで、EUとの修正協議は不調、というよりも、メイ首相の時間稼ぎ、アリバイ工作の感が強かったが、修正案は結局まとまらなかった。

メイ首相は(24日に記者団に語ったように下院でも)26日、今週中の「meaningful vote」の採決は見送り、遅くとも3月12日までに行うとした。また、離脱案が1月15日同様に否決された場合は、遅くとも13日までに、「合意無き離脱」の是非を問う採決を行う、「合意無き離脱」が否決された場合は、3月29日の離脱日を短期間延長する案を14日に採決すると表明。

但し、メイ首相は延長期間が「6月末を越えることはない。短期間の延期はほぼ確実に1回限りになるだろう」(27日付けブルームバーグ)と述べた。6月末を越えることはないとしたのは、欧州議会選挙が5月下旬(23-26日)に予定され、新議会が7月上旬に招集されることに関係しているとみられる。EUのユンケル欧州委員長は19日、5月末までの延期なら、英有権者の欧州議会選挙での投票参加が必要となるとしている。メイ首相は26日、次回の欧州議会選挙には参加しない方針を示しており、5月末以前に離脱日が設定される可能性が高そうだ。

3月29日段階での、「合意無き離脱」の可能性は低下したが、新離脱日での可能性はむしろ上昇か

今回のメイ首相の表明により、3月29日段階での、「合意無き離脱」の可能性は低下したが、一方で、「バックストップ」に関する離脱協定案の大幅修正が見込めない以上、1月15日に否決された離脱協定案「プランA」の修正版「プランA’」が、3月上旬の「meaningful vote」において、再度否決される公算も高まったと言えそうだ。結果、5月に現在と同じ局面が発生し、再度、「合意無き離脱」か、「プランA’」の再修正版「プランA”」の「meaningful vote」を行うことになりそうだ。

メイ首相は26日、「英国は議会の明確な同意がある場合のみ、3月29日に合意がないままEUを離脱する」(27日付けロイター)と表明。一方で「離脱期日を延期したとしても、合意なき離脱という選択肢がなくなるわけでない」(同)とし、むしろ「ずっと険しい崖」を生むことになると指摘。「合意なき離脱という選択肢をなくす唯一の方法はEU基本条約(リスボン条約)50条の発動停止となるが、こうしたことは行わない」(同)と述べた。さらに、6月末を越えることがない期限の延期は、1度限りでなければならないとし、英国の民主主義が問われているという理由から、政府はEU離脱決定を尊重しなければならないと主張した。

メイ首相の「瀬戸際戦術」は、英国のみならず、世界経済や金融市場をテールリスクにさらすことに

EUは3月21・22日に開く欧州理事会(首脳会議)で英国の離脱期日の短期的な延期を全会一致で承認することになろうが、新たな離脱日(5月29日?)までに、「meaningful vote」で離脱協定案が可決されなかった場合は、「合意無き離脱」となる可能性がむしろ高まりそうだ。というのは、7月上旬に招集される新欧州議会に、英国の議員は存在しない。これは、マグナ・カルタ以来の伝統である「代表なくして課税なし:No Taxation Without Representation」という英国の民主主義の基本原則に反することになりかねないからだ。メイ首相は3月末のEU離脱後も首相職に留まりたいとの意向を示しているが、政権延命のための、「瀬戸際戦術」は、英国のみならず、世界経済や金融市場をテールリスクにさらすことになりかねないと言えそうだ。

米下院は26日、トランプ大統領がメキシコ国境への壁建設費捻出のため2月15日に発した国家非常事態宣言を阻止する合同決議案を可決

一方、米下院は26日、トランプ大統領がメキシコ国境への壁建設費捻出のため2月15日に発した国家非常事態宣言を阻止する合同決議案「Relating to a national emergency declared by the President on February 15, 2019」を可決、上院に送付した。採決結果は賛成245、反対182、棄権5。内訳は民主党が賛成232、反対0、棄権3に対し、共和党は賛成13、反対182、棄権2だった。

現在、米議会は、下院は民主党が、上院は共和党が多数派となっているが、今回の国家非常事態宣言に関しては、共和党内からも反発が出ていることから、上院でも可決する可能性がある。米メディアの報道では既に共和党上院議員3名が賛成票を投じる意向を表明しているとのこと。現状の上院の勢力は共和党53対民主党47(民主党系無所属2含む)。

上院でも可決の可能性があるが、トランプ大統領の拒否権を覆す上書き決議の可決は困難、法廷闘争長期化へ

但し、トランプ大統領は決議案が上下両院で可決され、大統領に送付された場合、拒否権を行使する構えだ。大統領拒否権を覆す上書き(オーバーライディング)決議の可決には、上下両院で3分の2の賛成が必要だ。上院では3分の2の賛成が集まる可能性があるが、下院は今回の採決結果を勘案すると3分の2の賛成票の獲得は困難だろう。

結果、カリフォルニア州等が差し止めを訴えている法廷闘争が継続することになり、最終的には連邦最高裁の判断を待つことになりそうだ。トランプ大統領は連邦最高裁での勝利に自信があるようだが、今回の国家非常事態宣言に合憲判断を下すと、今後、民主党の大統領が同様な手続きを採った場合も、合憲判断を下さざるを得なくなる可能性がある。結果、審理が長期化、場合によっては、2020年の大統領選後まで結論が出ない事態も想定される。この間、メキシコ国境への壁建設問題は、トランプ大統領と民主党の最大の対立軸となりそうだ。

議会予算局の試算では9月末から10月初めに米連邦政府の資金繰りが尽きる見通し

一方、米連邦政府債務の上限は、現在、2018年2月に成立した「2018年超党派予算法」によって、2019年3月1日まで停止されているが、3月2日午前零時には、3月1日の債務残高、約22兆ドルで再設定される。その後、米政府は債務の増額が不可能となるが、過去同様、財務省が緊急措置を発動することで、当面の資金繰りを維持する見通しだ。

議会予算局(CBO)は26日、財務省の緊急措置と4月の多額の税収の流入によって、米連邦政府の資金繰りが当面賄われるものの、9月末から10月初めには同措置の効果は尽きるとの試算を示した。

英米の政治リスクの先送りは金融市場の不透明要因に

9月末と言えば、ちょうど2月15日に成立した「2019年統合歳出法」の期限と重なる。10月1日からスタートする2020会計年度の「統合歳出法」ないし「歳出延長法」の成立が遅れると、10月1日以降は政府機関閉鎖と米国債のデフォルトリスクが重なることになりかねない。

第115議会では財政調整制度を使って、上院民主党の議事妨害を抑えることができたが、第116議会は予算案の編成を最初に進める下院は民主党が多数を握っており、トランプ大統領が3月に提出すると見込まれる大統領予算教書とは、全く違った内容の2020会計年度予算案が編成されることになろう。その後、上院も共和党主導で予算案の修正を行うことになるが、歳出・歳入の規模・内容に加え、債務上限問題と重なることで、今夏は米財政問題が金融市場の不透明要因となる公算が大きい。

英米の政治リスクの先送りは、年央に向けた内外株価の上値を重くする可能性もあり、事態の推移には注意する必要があろう。

末澤 豪謙 プロフィール

末澤 豪謙

1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。日経債券アナリストランキング、14年連続10位内ランクイン。日経財政アナリストランキング2位(2004年〜2006年)。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。

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