アナリストの忙中閑話【第57回】

アナリストの忙中閑話

(2016年3月2日)

【第57回】ディカプリオさん5度目のノミネートで悲願のオスカー初受賞、気候変動と映画、米大統領予備選とマイナス金利政策

金融経済調査部 金融財政アナリスト 末澤 豪謙

第88回アカデミー賞が発表、ディカプリオさんが5度目のノミネートで悲願のオスカー初受賞

米映画芸術科学アカデミーは2月28日、第88回アカデミー賞の受賞作品を発表し、ロサンゼルスのドルビーシアターで受賞式を開催した。

『レヴェナント:蘇えりし者』

『レヴェナント:蘇えりし者』
2016年4月
日劇他全国ロードショー
© 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

『レヴェナント:蘇えりし者』(日本公開4月22日)で主演を務めたレオナルド・ディカプリオさんが本コラムの予想通り、主演男優賞を射止めた。ディカプリオさんが『ギルバート・グレイプ』で初めてオスカー候補となったのは23年前、主演及び助演男優賞に計5回ノミネートされたが、悲願の初受賞となった。同作品では、息子を殺され復讐に燃えるハンター役を演じたが、格闘シーンの撮影中には鼻を骨折、文字通り体当たりの演技で栄誉をものにした。

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督は2年連続となる監督賞を受賞した。同作品は撮影賞含め3部門で受賞。

激戦の作品賞は『スポットライト 世紀のスクープ』が受賞、監督賞は『レヴェナント:蘇えりし者』のイニャリトゥ監督が2年連続受賞

激戦の作品賞は、教会の性的虐待スキャンダルを追う新聞記者たちを描いた『スポットライト 世紀のスクープ』(4月15日公開)が受賞、脚本賞との2冠に輝いた。2002年に「ボストン・グローブ」紙が「SPOTLIGHT」と名のついたスクープ記事を掲載した実話の映画化作品。

主演女優賞は『ルーム』(4月8日公開)のブリー・ラーソンさんが受賞。助演男優賞には『ブリッジ・オブ・スパイ』(公開中)のマーク・ライランスさん、助演女優賞には『リリーのすべて』(3月18日公開)のアリシア・ヴィキャンデルさんが選ばれた。

視覚効果賞は『Ex Machina(原題)』が、作曲賞は『ヘイトフル・エイト』(公開中)、歌曲賞は『007 スペクター』が受賞した。

2008年のリーマン・ショックの舞台裏を描く作品が脚色賞を受賞

『マネー・ショート 華麗なる大逆転』

『マネー・ショート 華麗なる大逆転』
3月4日(金)
TOHOシネマズ 日劇ほか全国公開
© 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.
配給:東和ピクチャーズ

脚色賞は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(3月4日公開)が受賞した。2008年9月に起きた「リーマン・ショック」の裏側でいち早く経済破綻の危機を予見し、ウォール街を出し抜いた4人の男たちの実話を描いた作品。『マネーボール』の原作者マイケル・ルイスによるノンフィクション「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」が原作。舞台は2005年のニューヨーク。金融トレーダーのマイケルは、住宅ローンを含む金融商品が債務不履行に陥る危険性を銀行家や政府に訴えるが、全く相手にされない。そこで「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」という金融取引でウォール街を出し抜く計画を立てる。そして2008年、「100年に一度の金融危機」と言われた「リーマン・ショック」が発生。金融証券界に籍を置くものとしては、是非とも見てみたい作品の一つだ。

『思い出のマーニー』は惜しくも受賞を逃す

長編アニメーション賞は『インサイド・ヘッド』が選ばれた。我が国のスタジオジブリ作品は3年連続で同部門にノミネートされていたが、『思い出のマーニー』は惜しくも受賞を逃した。

最多受賞作品となった『マッドマックス 怒りのデス・ロード』はラニーニャ現象でロケ地を変更、今年は同現象が再現も

最多受賞作品は6部門の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』。美術賞、衣装デザイン賞、メーキャップ&ヘアスタイリング賞、編集賞、音響編集賞、録音賞を獲得。ジョージ・ミラー監督は監督賞を逃したが、妻のマーガレット・シクセルさんが編集賞を受賞した。

同映画は国内でも昨年公開され、本コラムでも特集したが、一部の映画館では今週末からリバイバル上映される予定だ。「マッドマックスシリーズ」は砂漠で繰り広げられるド派手なアクションが特徴だが、当初、本作のロケ地はオーストラリア東部のブロークンヒルで2011年2月に撮影が行われる予定だった。しかし、ラニーニャ現象の影響による大雨で、砂漠が緑に覆われることになり断念。同様な状態が2012年も続いたため、結局、撮影は2012年7月から世界最古の砂漠とされるナミブ砂漠があるアフリカのナミビアで行われた。

実は今年から来年に向けては、ラニーニャ現象が発生する可能性がある。2014年に発生したエルニーニョ現象は過去3番目の規模に拡大後、2015年の11〜12月にピークを迎え、現在は急速に勢力を弱めているが、気象庁や米豪の気象機関では2016年後半以降、ラニーニャ現象が発生する可能性を指摘している。過去最大のエルニーニョ現象が発生したのは1997年春から1998年春だが、直後の1998年夏には大規模なラニーニャ現象が発生している。エルニーニョ現象が発生すると日本付近では「冷夏・暖冬」になりやすいとされるが、ラニーニャ現象はその反対の「猛暑・厳冬」になりやすいとされる。過去、スーパー・エルニーニョ現象の後はスーパー・ラニーニャ現象が発生していることが多い。地球温暖化の影響もあり、特に夏の「猛暑」には注意が必要だろう。

映画製作にも気候変動が益々大きな影響を与えることに

ディカプリオさんは主演男優賞受賞のスピーチで「雪を見つけるのに南米大陸の南端に行かなければならなかった。気候変動は実際起きており、今現在も起こっている」と述べ、気候変動は現実で、差し迫った脅威だと訴えた。

今後は、映画製作にも気候変動が益々大きな影響を与えることとなりそうだ。

今回のアカデミー賞は人種差別問題も大きなテーマに

今回のアカデミー賞は気候変動だけではなく、人種差別問題も大きなテーマとなった。

【第55回】申が大騒ぎして始まった2016年、中国・地政学的リスク台頭と原油安で日経平均株価は2014年10月以来の水準に下落後急反発、第88回アカデミー賞ノミネーション でもお知らせしたが、昨年に続き、男優・女優賞の候補者20人がすべて白人俳優だったことで「Oscar So White(白すぎるオスカー)」などの批判を浴びたからだ。

そのせいもあってか、前述のように、受賞リストには児童虐待やLGBT等社会問題を取り上げたものが目立ったが、そうした不満は現実の米国社会を反映したものとも言えそうだ。

3月1日(火)は米大統領予備選の天王山であるスーパー・チューズデー

3月1日(火)は、11月8日の大統領選の党指名候補を争う予備選(または党員集会)が集中するいわゆるスーパー・チューズデーだ。米大統領予備選の天王山と言える。

2月の序盤戦では、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官、共和党の不動産王ドナルド・トランプ氏がともに3勝1敗で、獲得代議員数もトップとなっているが、昨年段階の予想とは大きく異なる展開となっている。

昨年段階の予想とは大きく異なる展開に、今年の米大統領選は予断を許さない

民主党の大本命と言われたクリントン氏だがメール問題等で躓き、無所属で社会民主主義者を自称するバーニー・サンダース上院議員に急激に追い上げられた。クリントン氏はスーパー・チューズデーでも南部主体に勝利し、かつ特別代議員の大半がクリントン氏支持に回っているため、民主党の候補者指名は揺るがないと思われる。然るに、多くの若者の支持がサンダース氏に向かっていることは高い学費や賃金格差等が背景にあるとみられ、本選での懸念材料だ。

一方、昨年6月16日の出馬表明時には、大手メディアから泡沫候補の烙印を押され、メキシコ人への蔑視発言や日本や中国・韓国等アジア諸国との貿易問題に対する過激な発言だけが目立っていたトランプ氏だが、その後あっという間に支持率第1位に浮上。イスラム教徒の排斥発言後も一段と支持を伸ばし、今や共和党の最有力候補だ。当初17名が出馬したが、有力と言われていた候補が次々と脱落、2月20日のサウスカロライナ州予備選後は大本命のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事も撤退し、5人に減少した。共和党の候補指名は、トランプ氏とテッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)、マルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)の3人に絞られた格好だ。このうちティー・パーティ等保守派の支援を受けるクルーズ氏は2013年のガバメント・シャットダウン(政府機関閉鎖)の原因を作った張本人の一人であり、難民の受け入れはキリスト教徒に限るべきと主張している。

サンダース氏やトランプ氏といったアウトサイダーや保守強硬派のクルーズ氏に人気が集まるのも、米国社会の閉塞感、様々な分裂の表れと考えられる。今年の米大統領選は何れにせよ予断を許さない展開と言えそうだ。

日本銀行がマイナス金利政策を導入

一方、我が国では1月29日に日本銀行がマイナス金利政策を導入してから1カ月以上が経過したが、日経平均株価は導入前と比較して下落、ドル円相場も円高水準にある。2月12日には日経平均株価は15,000円割れ、為替相場も1ドル111円前後の円高となった。マイナス圏に突入した長期金利(2月29日には一時▲0.075%)を除けば、日銀が当初期待したとみられる円安・株高等の効果は今のところ発現していないようだ。

今回の政策効果を評価するには、時期尚早と考えられるが、2013年4月の異次元緩和導入時や2014年10月末の追加緩和時には、導入以降継続的に円安・株高が進行したことを考えると、過去2回と状況が異なっているのは明らかだろう。

その違いはどこから来るのか。1つは世界経済の循環的局面の違いや今後控えるリスクイベントの多さにあり、もう1つは、アナウンスメント効果にあるのではないか?

2013年、2014年と世界経済はリーマンショック後を底とした回復局面にあったが、GDP第1位の米国が2015年12月に9年半ぶり、利上げ転換では11年半ぶりの利上げに踏み切るとともに、同2位の中国が反腐敗運動等構造改革を強化する中、今後は否が応でも世界経済のピークアウトを意識せざるを得ない時期に入る。特に、米大統領が2017年1月には8年ぶりに交代、しかもその顔ぶれが前述のように従来予想とは相当異なる中では来年に向けたリスクを意識せざるを得ないのも事実だろう。

こうした中で導入された「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」だが、国会でのマイナス金利導入否定答弁からほぼ1週間後の導入という面でのサプライズ効果はあったものの、総裁の説明からポジティブなイメージがいまひとつ湧かなかったのは筆者だけだろうか。世論調査でも同政策を評価する声が少ないのは事実だ。政策の名称と効果は本来関係ないが、黒田日銀では期待に働きかける効果を重要視しているため、ネーミングやキャッチフレーズは重要である。その点過去の「異次元」や「2倍」「3倍」という表現に比べると、「マイナス金利」はいかにもネガティブだ。また、「3次元」という表現も、現実空間が「幅・奥行き・高さ・時間」の「4次元」とすると弱く、「異次元」と比べると後退感すらある。

政策効果を実現するためには、わかりやすい説明と政府の成長戦略が欠かせない

長期金利は経済の体温とも言われる。高すぎるのも問題だが、マイナスとなるのも意図せざる副作用に老兵は身構えてしまいそうだ。日銀が当初期待した政策効果を実現するためには、市場参加者のみならず、一般国民に向けたわかりやすい説明が不可欠だろう。また、潜在成長率の引上げには、少子化対策や産業振興策等政府の成長戦略が欠かせない。世界経済や金融市場の不透明感が拡がる中では、2月27日のG20財務相・中央銀行総裁会議の声明にもあるように「金融政策のみでは均衡ある成長に繋がらない」のではないか。現在の米国のような社会の分断を防ぐためにも、我が国の将来が明るくなり、家計や企業が安心して消費や投資を行えるような環境整備が重要だろう。

末澤 豪謙 プロフィール

末澤 豪謙

1984年大阪大学法学部卒、三井銀行入行、1986年より債券ディーラー、債券セールス等経験後、1998年さくら証券シニアストラテジスト。同投資戦略室長、大和証券SMBC金融市場調査部長、SMBC日興証券金融市場調査部長等を経て、2012年よりチーフ債券ストラテジスト。2013年より金融財政アナリスト。2010年には行政刷新会議事業仕分け第3弾「特別会計」民間評価者(事業仕分け人)を務めた。財政制度等審議会委員、国の債務管理の在り方懇談会委員、地方債調査研究委員会委員。趣味は、映画鑑賞、水泳、スキューバダイビング、アニソンカラオケ等。

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